木手は時々気まぐれになると甲斐が言っていた。だがその気まぐれさえ木手の計算だということを甲斐が知る日が来るのだろうか。
何はともあれその気まぐれによってテニス部に休暇が訪れた。
休暇といっても遊びざかりの中学生、甲斐を筆頭にテニス部員たちは晴天の海に来ていた。正しくは半ば無理やり連れて来られた、の方が正しいが。
甲斐に田仁志に平子場、それに知念が海開き前の海に足を入れはしゃいでいるのを、なまえは少し遠くの木陰で見守っていた。
少しすると来てからそう時間が経っていないのにずぶ濡れになっている知念が彼女の元に帰ってくる。そして汚れるのもお構いなしに隣に腰を下ろした。
「...やっぱり行かないんば?」
「うん、見てるだけでいいや」
笑うその顔はいつもと変わらない。だがその心中では目の前に広がる海を怖がっているのだ。
小学生の途中で沖縄に越してきたなまえだが、越してくる前プールで溺れかけたのだという。
たまに行われる海での部活動も頑張って近づいては来るが押し寄せる波に怯えて遠くに行ってしまう。それに夏場の体育の授業は毎回木陰で見学だ。
もちろん知念が知らないわけがない。だが自分だけが行ってしまったら彼女はもっと寂しがるんだろうと思ったから連れてきた。
「でもね、練習のあととかに裕次郎くんたちが遊んでるの見てるとね、羨ましいなって...」
そう零す視線の先にはずぶ濡れの甲斐たち。その視線は彼らを羨んでいる。
知念は何も言わずに立ち上がると汚れた手を衣服で擦り、なまえに差し出した。
「...寛くん?」
「わんの手ぇ持ってれば大丈夫やさ」
「...。...本当?離したりしない?」
「そんなことするの裕次郎ぐらいやし」
たっぷり十秒、なまえは差し出された手を見つめていた。そして恐る恐る己の手を伸ばすと痺れを切らした知念がその手を掴んだ。びっくりして肩を揺らしたがそのあとはされるがまま。
知念がなまえの手を掴むと思いきり引き上げ彼女を立たせた。そして浜辺の上に両足ついたばかりのなまえのことなど気にかけず甲斐たちがいる波打ち際を目指した。