授業が終わり、教室に残るのは私だけになった。机の上のニホンの漢字との格闘を終えマッハ先生に課題を提出してきた。もうしばらくこの手じゃまともな字は書けそうにない。
『それにしてもなまえが居眠りなんて珍しいな』
「...そうかな、疲れてたんだよ多分」
『ニホンに来てから事件の連続だったからな...じゃあ今日はこのあとすぐに帰って休もう』
「...うん」
『...。...なまえ、本当にどうしたんだ』
ジェミニマンのいうとおり今日は素直に帰って休もう。そして明日からまた元気になればいい。荷物を持って帰ろうと教室に戻ると、クラスで飼っているサカナの水槽を眺める女の子がいた。水族館で私たちを助けてくれた女の子だ。
「...あ」
思わず声が漏れてしまう。気付いた女の子は一瞬こちらをみたがすぐに水槽に戻ってしまう。私は素直な疑問を聞いてみることにした。
「あなたって、この学園の生徒だったの?」
その問いに答えてくれることはなかった。そうだ、この間のお礼を言っていない。彼女のお陰でコジローくんたちを助けることができたのだから、お礼を言わなくちゃ。
「この間は、ありがとう。ほら、水族館でコピーロイドがあるの教えてくれたでしょ?すごく助かったの」
なんであそこにコピーロイドがあったのか、なんて私が知らないように彼女も知らないと思うから聞かない。でも、何かしら彼女が関わっていたのかもしれない。なんとなくそう思った。
「...サカナ、好き?この間もサカナみてたよね」
些細な話題から話が発展すればいいと思って彼女が眺める水槽を指した。私もサカナに詳しいわけではないが、ニホンでは滅多にみれない本国のサカナなら知っているからもしかしてと思って。
「...サ、サカナを水から出しては...いけないわ」
「...。」
「サカナは水の中で生きているからリクの生き物と争わずに生きていけるの...」
彼女は難しいことを言う。これはサカナだけではなく、どんな生き物にも共通する話だ。
すると水槽から離れ彼女は私を見た。改めて目が合うと、彼女は綺麗な瞳の色をしているのだなと思った。
「...わ、私はアイリス」
「アイリスちゃんって、いうんだ...私は、」
「なまえちゃん、だったよね...あの時は助けてくれて、ありがとう...」
改めて名乗ろうとしたら彼女は初めて会った時のことを覚えててくれたのだ。それが嬉しくて口もとが緩んでしまう。
「...うん、改めてよろしくね!」
RRRRRR!!
ポケットに入っていたPETからの呼び出し音。一体誰からだろう。
『なまえ、おじさんからメールだ。今から少し遠くに出かけるんだが、一緒に行かないかい?だとさ。...どうする?』
「...うん、行く!」
『疲れてるんじゃなかったのか?』
「寝たら治るからいいの!」
『はいはい、じゃあ行くって返信するな』
これはきっとおじさんの気遣いなのだ。ここで断ったらきっとおじさんはもっと心配するだろう。ジェミニマンがメールの返信をしているのを確認して私は、アイリスちゃんをみた。
「...ごめんね、話の途中なのに。また今度ゆっくりお話ししよ?」
「...うん」
「じゃあ、またねアイリスちゃん」
「...またね」
ばいばいと手を振ったらアイリスちゃんも小さく振り返してくれた。本当に小さなことだけど、なんだか元気になれた気がした。このあと、おじさんがどこに連れて行ってくれるのか楽しみだ。