(なまえは決めたんだね。)


イワン問いかけになまえは頷く。"あいつ"を見据えるその目にもう迷いはなかった。


(その強い意思があればきっと大丈夫。それにアルベルトもいるからね。)


今まで浮いてるだけだったイワンも"あいつ"のほうを向いているように見えた。
俺はゆっくりと右手を"あいつ"に向ける。


「...そう、その強い意思よ...!その意思があれば私はあなた達をここから追い出すことができる...!」


なまえの"心象世界"の侵食を進めている"あいつ"はその意思さえ自分のものとして吸い上げる。
"あいつ"はなまえなんかじゃない。この世界を文字通り征服しにきた俺とイワンと同じ存在。この世界に触れ、なまえの姿形を真似ただけの部外者だ。


「本当にこの世界を取り込めるなんて思っているの?」

「もちろん思ってるわ。強い意志を持った今なら、あなた達を攻撃することができるんだから。」


同じ姿をしたなまえ同士が初めて言葉を交わす。
一方は笑みを深め、一方は目を伏せた。
笑みを深めた"あいつ"はこの世界を蝕んでいる。つまりその言動すべてが"心象世界"に基づいて行われているということ。部外者ではあるが"あいつ"もこの"心象世界"の一部だといえる。
目を伏せたなまえにも"あいつ"のような時期があったということだ。


「...やっぱり、怖いんだね」


だがそれはなまえの根本であり全てではない。
短い時間で"心象世界"を征服しようとする"あいつ"に、長い時間をかけて"心象世界"を作り上げたなまえのことなんてわかりっこない。
長い時間、根本すら変えてしまう、長い孤独を知らない"あいつ"には


「"泥"が、怖いんだね」


頭上に広がるあの苦しみを理解できるはずがない。

なまえが指摘をすると"あいつ"はあからさまに表情を歪めるなまえ自身が持つわかりやすさ、素直さが裏目に出たのだ。

だがそれを知ったからと言ってどうなるのだ。
この空間にいる限りなまえはあの"泥"から直接干渉を受けるわけではない。それに今のなまえにはイワンがいうところの強い意志がある。"あいつ"がいった言葉から察するにそれがあればこの空間である程度の無茶が通用するのだろう。
たとえば、イワンが駄目だと言ったこの世界での攻撃だとか。


(...なまえ、君はまさか)


イワンが何かを言いかけその手をなまえに伸ばした。だがなまえは横目でそれを確認しただけでまた"あいつ"を見据えてしまう。
弟思いのなまえがそんな行動を起こすなんて珍しいと思った。同時に嫌な予感が取りついて離れなかった。
そんな俺たちの意に反してなまえは俺たちから一歩また一歩とゆっくり"あいつ"に近づいて行く。


「大丈夫だから、もう、帰っていいよ...」


もうなまえの背中しか見えない。その後ろ姿は戦う時いつもみる、決意に溢れた背中。
だが、やはり何をしてもなまえはなまえだ。それが本人を構成している"心象世界"なのだから尚更。あの子は素直でわかりやすい。


「いや、帰らないね。あいつはお前だけの敵じゃないからな。」


歩むなまえの足が止まった。"あいつ"との距離はそう遠くない。なまえの攻撃範囲内だ。
だが俺たちからじゃ少し遠い。その距離でなまえは顔だけこちらに振り返り、微笑んでいた。


「 ありがとう、アルベルト 」


あいつの声が俺の名前を呼んだ瞬間、空間を保っていた頭上のガラス板が音を立てて砕けた。

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