俯く彼女は俺の手を離すことをしなかった。対する俺もその手を振り払おうとは思わなかった。


「なまえ、」

「きてほしくなかった。」


通る声だった。
だが弱々しくて今にも消えてしまいそうでもあった。
その言葉で俺を拒否しながら、その手は逆の行動をしている。なまえはまだ迷っていた。
彼女は今その迷いを伝えようとしてくれている。ならば、と俺は口を閉ざした。


「あれは"泥"から出てきたって思って、だったら私じゃなきゃどうにもできないって。でもあれは、外からきたウイルスだって気付いたときには、もう遅くて。」

(だからあれに精神を崩壊させられないように、体の機能を止めたのかい?)


イワンの問いになまえは小さく頷いた。


「私を起こせるのは私だけだから。その間にあれを倒して、また起きようって。...私、不器用だから、一度に一個しかできないの...。」


それが出掛ける約束だってことはすぐにわかった。
楽しみにしていたそれを断ち切らなければいけなくなるまで、彼女は追い込まれていた。俺たちはそれに気付けなかった。
募るこれはどこに吐き出せばいいのかわからなくなった。誰が悪いのか見えなくなってきた。


(迷うことないよアルベルト。なまえを追い込んだのも、君を悩ませるのも、全部あいつがいけないんだ。)


イワンはあそこに立つ"あいつ"を指さした。


(この世界に干渉できる人なんてそういない。大抵は"泥"をみて怖くなって逃げ出すんだ。ここに来れるのは、僕みたいになまえの波長を知ってる人だけ。)


じゃあ"あいつ"はこの世界の波長を知っていたことになる。

人の心の中なんて初めて来た俺には次元の違う話だった。この話はイワンやなまえのように超能力を使える人間じゃなきゃわからない。そう、ここにだってイワンの超能力で来たんだから。ここには超能力を使えるやつしかこれない。


(そう、それが前提なんだ。つまり"あいつ"は超能力者。さらになまえの波長を知っている。...狭いなまえの世界から探し出すのなんて簡単じゃないか。)


黒い幽霊団。

そう"あいつ"は俺たちと同じサイボーグ。
大体俺たちを殺しにくるのなんて今じゃあいつらしかいないじゃないか。なまえもそれに気付いてどうにかしようと俺たちとの接触を絶ったんだ。


未だ顔を上げずに俺の右手を掴んだままのなまえ。
俺は何も言わずにその手を握り返した。冷たいだろう。右手なら尚更。だがそれはなまえも一緒だ。イワンも、俺たち家族みんな一緒だ。
でもどこか安心する。触れていることで孤独じゃないことを確認できる。

なまえを見やると不安気に眉を下げ泣きそうな目をしていた。
ここで、俺はこの世界ではじめてなまえと顔を合わせた。

繋いだ手を軽く引くとなまえはなされるがままこちらに傾く。
そして彼女の頭に空いた左手を置きそのまま俺の腹に押し付けた。
急に押し付けられた本人は特に暴れるというわけでもなくなされるがままだった。だがつないだ右手が少しだけ強く握り返されている。


「...。...もう一人で戦わなくたっていい、なんてかっこいいこと言えればよかったのにな。」


今までもこれからもそれだけは叶わないだろう。俺たちが機械と人間の間に立つ限り、黒い幽霊団と対立する限り。


「でも忘れるなよ。お前の敵は、俺たちの敵だ。」


なまえから手を離し"あいつ"を見据えた。不敵に笑う"あいつ"はそれを一層深くした。
俺から解放されたなまえは"あいつ"を見ると怖気付いて一歩下がろうとした。が、そこで思いとどまるように止まった。
そして揺るぎのない強い眼差しを"あいつ"に向けた。

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