そこに立っていたのは紛れもなくなまえだった。なのに何故だろう違和感が拭えない。
始めて聞く彼女の肉声にではない、いいようのないこれは一体なんなのだ。


(君は誰だい?)


イワンの声が響く。
やはりそうだ。イワンが言うからには間違いない。あれはなまえではいない。姿形が同じの全くの別物だ。
疑念が確信に変わると奴の方に向き直り右手の関節を確認した。


「誰だっていいじゃない。」

「いいわけないだろう。ここはなまえの"心象世界"のはずだ。」

「アルベルトには、私が"私"以外に見えるの?初めて来たくせに?」

「...少なくとも俺の知ってるなまえはそんな不敵には笑わないな。」


顔も身の丈も衣装も一緒。ただ違うと感じたのはその表情だった。
なまえにだって喜怒哀楽はある。だが今まで"怪"なんて見たことなかった。
"泥"から自分を守るために俺たちを使うなまえが、俺たちが離れて行くような真似をするわけがない。それが俺の思い描いたなまえ像だった。


「そんなことわからないじゃない。だって私が勝てばこの世界は私のものになるんだもの。」

「...どういうことだ。」

「この世界のなまえを殺して、私がなまえになるってこと。」

(僕たちが見逃すと思っているのかい?)


その通り。
あれが"心象世界"のなまえではないことが確定した今、やるべきことはあれをここから追い出すこと。或いは消すこと。
赤い戦闘服を着た不敵な笑みを絶やさないなまえ。やつの方に向き直り、俺は右手を構えた。


(アルベルト、攻撃してはダメだ。)

「だが"あいつ"をどうにかしないとなまえが、」

(あれはなまえの"心象世界"と繋がってしまっている。あいつはこの世界の一部になってしまっているんだ。)

「つまり攻撃なんてしたら」

(この空間どころか、世界が崩壊する恐れがある。...精神崩壊だ。)


背筋が冷えた。
この赤ん坊は今恐ろしいことをさらっと言った。
精神崩壊。自己を形成する心の崩壊。それを引き起こしたら元も子もない。それこそなまえとの永遠の別れになる。
止むを得ず俺は右手を下ろした。きっと今の俺は眉間に皺が寄っていつも以上に酷い顔をしていることだろう。


「じゃあどうしろっていうんだ。」

(大丈夫。あれがこの世界の一部である限り僕たちを攻撃してくることはない。あの泥からなまえを守っているのは僕たちなんだから。)


だがそれじゃあいつまでも解決しないじゃないか。
俺が苛立っていたって仕方ないのに収まる気配はない。増すばかり。
攻撃できないのなら何故俺をここに呼んだのか。ここに来る前、イワンは確かに"待っていた"と言っていたのに。


(風邪を早く治すためには薬がいるだろう?僕たちは薬だよ。外から侵入したウイルスであるあれからなまえを助けるためのね。...でもね、ウイルスをやっつけるのに一番必要なのは、本人の治癒力なんだ。)

「でも、その本人がここにこないんだもの。その隙にここを侵食しようってわけ。」


姿形同じで、きっとなまえも同じ声をしているんだろう。もうそれ以上あの子のままで喋らないでほしい。口を開かないでほしい。顔を見せないでほしい。苛立ち増す一方の俺の"心象世界"は体を動かした。イワンの制止の声が頭に響くが聞こえない。あれがなまえに害を与えていることに違いはないのだから。一歩踏み出し右手を後ろに振った瞬間不意にその手を掴まれた。

よく知った感触だった。
俺が掴むはずだった感触だ。
俺の頭は一気に冷め、ゆっくりそちらを向くと、俯いたまま俺の手をとるなまえがそこにいた。出掛けるはずだったその服を着て。

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