(なまえはいま、完全に心を閉ざしている。)


宙に浮くイワンはそう言った。"言う"という表現では語弊があるだろうが今回はそう表現することにする。それについて問い詰めている余裕はなかった。


(君たちと違ってなまえは返事ができないからね、僕はいつもなまえの心の中に行って会話してるんだ。あそこには本物のなまえがいるから。)

「本物って...じゃあ今私たちの前にいる彼女は違うっていうの?」

(そうじゃない。心というのはその人を形成する重要なものだ。見て聞いて感じるのはいつも心なんだよ。体というフィルターを通していない、純粋な存在だってこと。)


まず話が突飛していてついて行くのがやっとだということがわかった。頭のいい赤ん坊の言葉はいつだって難しい。今相槌をうったフランソワーズもだが、なまえもよくこんなやつの言葉が理解できたものだ。
いや、頭で考えるからわからないのかもしれない。イワンいう"体というフィルター"を通す前のなんでも受け止められる心だったなら

そこで俺の頭は今まで考えも至らないような結論を導き出した。閃いた瞬間、背筋が冷えるような感覚を覚えた。


「...ちょっと待て、それってつまり...」

(やっぱりアルベルトはすぐわかった。そう、そういうことだよ。)


そういうことだ。
イワンがなぜわざわざ彼女心の中にまで出向き"会話"をしているのか、という疑問の答えはここにあった。


(心の中、"心象世界"のなまえは喋れるんだ)


ジョーとフランソワーズは驚きを隠しきれない様子だ。俺だって内心焦っていた。焦る理由がどこにあるのかわからないがとにかく焦っていた。

ずっと一緒に生活していてなまえが口を動かし俺たちに何かを伝えようとすることが度々あった。それに気付いて何を伝いたいのかしっかりと聞いてやると我に返ったように口を閉ざして紙とペンを探しにいってしまう。
その些細な行動の中に"心象世界"のなまえはいた。思い返せば至る所に"彼女"はいる。

イワンが言うに、心とは人の存在を確立させるもの。"本心"という言葉があるようにそこにあるものはすべて"本物"なのだ。彼女の場合"体というフィルター"を通すことで重要な部分が抜け落ちてしまう。

つまりなまえは、その"心象世界"で願っているのだ。



(なまえはいつだって君たちと言葉を交わしたいと思っているんだ。)


こんな形でなまえのことを知るなんて思いもしなかった。
無い物ねだりはしない子なんだと思っていたが、本当は欲しくて仕方ない。同じ年齢を何度も繰り返していたって彼女は子どもだったというわけだ。

なら、子どものために大人がしてやれるのは一つ。


「その"心象世界"には、どうやったら行けるんだ?」

(その言葉を待ってた。...彼女の心に無理矢理いくことに変わりはないけど、君が一緒ならなんとかなりそうだ。)


イワンがおもむろにその小さな手を俺に向ける。すると徐々に意識が遠のいていった。正面にいたはずのジョーとフランソワーズの声が遠くで聞こえる。それなのにイワン声だけははっきりと聞こえた。


(君が今から行く世界は君がもっとも影響を与えている世界だ。だから次その目を開けた時に写る世界を悲観しないであげてほしい。その世界がなまえのすべてだから。)

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