男はトランクケースを手に私の前を歩いていく。いつも眼鏡がいるところには似合わないサングラス。そして黒のスーツには似合わないハートの飾りのついたピン止めが前髪をとめていた。

彼の名前は緑間真太郎。職業ネゴシエーター。この記憶のない街に必要不可欠な仕事をしているのだ。
彼のモットーは依頼人の要望には全力で答える。きっとこの言葉の真の意味を知る者は少ないだろう。

私たちはさびれた廃墟に足を踏み入れる。そこには既に交渉相手であろう男がいた。
彼、真太郎は足を止め持っていたトランクケースをその場に置いた。


「お前がネゴシエーターか」

「そうだ」

「...約束の物はそれか」


男は彼のそばに置かれたトランクケースを指さした。そう、あの中には依頼人から預かった品が入っている。それを目の前の男に高く売りつけるために仲介に彼が入っている。


「その前に値段の交渉だ」

「ふん!そのテーブルに俺が座るとでも思ったのか!!」


男は懐から拳銃を取り出す。ああ、真太郎が撃たれるんだと確信した私は彼の名前を口にしようとしたが、廃墟に銃声が響く方が早かった。
標的となった真太郎はというと放たれた弾丸を間一髪のところで避けたようだ。
カランとかけていたサングラスが落ちた音がした。損失がサングラスだけでよかったと彼に近づき大丈夫?と声をかける。
私よりもずっと大きい真太郎。見上げれば世界が滅亡するのではないかというほどの表情をしていた。


「真太郎?」

「...許さないのだよ」


そう言って彼は私に拳を差し出す。その中にはついさっきまで彼の前髪を止めていた可愛らしい髪留め。確かハートの形をしていたはずだったが今では跡形もなく粉砕されていた。きっとあの弾丸がこれにかすったか何かしたのだろう。

真太郎はスーツの内ポケットから普段かけている眼鏡を取り出し、装着する。ようやく顔を上げた彼は交渉相手"だった"相手を強く睨んだ。


「その"交渉"に俺も"全力"で答えるのだよ」


彼のモットー、依頼人の要望には全力で答えるとはそういうことなのだ。言うより先に真太郎は銃を持った男に突っ込んでいった。
本当に彼が何を考えているのかたまにわからない。彼は交渉というものをなんだと思っているのか。なんて、雇われている身の私は何も言わないけれど。


「今日の交渉も失敗ね」


真太郎には聞こえてないだろう言葉をこぼす。そしてため息をひとつしてから、これ以上このテーブルが荒れないように真太郎を止めに走る。...きっともう手遅れなんだろうけれど。




THE・ビッグオー



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