体育館の中は悲惨なことになっていた。
当初の予定では部室だけで済むはずだったのに、先輩たちが怖かったのがいけないんだ。
改めて辺りを見回すとそれはもう、クリームだらけ、残骸も転がっている。先輩たちは試合の後に私たちを追いまわしたせいで疲れきっているし、高尾くんも真太郎くんも再起不能なまでにコテンパにやられていた。
「あー、スッキリした」
遠くの方から大坪先輩の声がした。確かにそう言った。私は立ち上がってすぐに床に寝転がったままの彼のもとまで走って行く。
「本当ですか?怒ってませんか?」
「怒るわけないだろ。こんなバカできるの今のうちなんだから」
近くまで行きその場に座って大坪先輩を見れば、笑ってくれた。
そのクリームまみれの手で私の頭を撫でてくれた。べたべたになるとか、そんなのどうでもよくなっていた。
そして小さく「ありがとうな、」って言ってくれた。
その言葉が、心に染みわたる。すごく温かい。
あれ、鼻の奥がツンとする。泣きたいわけじゃないのに。ここで泣いたらきっと私は先輩のなかで"立派な後輩"でいられなくなっちゃう。最後まで泣くもんか、って、決めてたのに。
見られたくないと顔を俯けた私は立ち上がり、コテンパにされたままの真太郎くんのところまで走って行く。
「...なに泣いてるのだよ」
「だ、だってぇ...」
そこにいけば我慢してた涙がぼろぼろと零れてくる。
悲しい訳じゃない。ただ先輩にありがとうと言われて、自分のやったことが間違ってなかったって言ってもらったみたいで、とにかく嬉しいのだ。
「...このやろう、一生引きずるようなもん残しやがって」
宮地先輩がそう言いながら私の頭を軽くたたいてくる。ああ、これじゃ涙がこぼれてしまうじゃないか。
「お前たまにとんでもないことしだすよな」
木村先輩も嬉しそうに言ってくれる。今度は鼻水もでてきた。着ていたジャージの袖で拭こうとしたけど、これは真太郎くんのなんだと思いだす。でももうすでにクリームやらなんやらで汚れきっている。あとでちゃんと洗って返そう、一瞬止まったけど袖で拭いてしまう。目の前にいる真太郎くんは何も言ってこない。
「来年は俺たちから仕掛けてやるからな」
大坪さんが泣き崩れてる私のそばにしゃがんでそう言った。
「ら、来年も、きてくれるん、ですか...っ」
「ああ。お前の彼氏が拒否したって来てやる」
ああ、私たちは先輩のなかで"立派な後輩"でいられているみたいです。これ以上嬉しいことは、ない、です。
「あー、これはひどい」
体育館の扉が開いた。もう時間も遅いのに、誰が来たのだろうと扉の方を見れば
「か、かんとく...?」
いつもベンチに座っている監督がいた。ああ、これは。きっと誰もが同じことを考えた。これからお咎めを受けるのだろう。と覚悟した。
「いやなに、たまたま近くを通ったら楽しそうな声が聞こえたんでな」
そう言って監督はジャケットのポッケから携帯電話を取り出した。これは想像以上のものがくるのか、とさっきまでぼろぼろ流してた涙がピタリと止まった。
だがそれでどこかに連絡するような仕草は見せず、というか私たちを待っている?
「高尾、そこで寝てないでさっさとこい」
「...へ、」
「写真ぐらい撮らせろ」
高尾くんは一瞬なんのことかと目を見開いていたがそれはすぐに笑顔に変わった。
寝ていた体を起こし立ち上がってこっちに走ってくる。
途中床に残るクリームに足を取られ盛大に転んでしまうが先輩たちはお腹を抱えて笑っていた。私も笑ったし、いつも笑わない真太郎くんも少し笑っていた。
一年はしたー、と私の左側に高尾くんが腰を下ろす。右側には座りなおした真太郎くん。右手を握ってくれて、ちょっと恥ずかしくなる。
すると肩に両肩に手を置かれて、上を見れば大坪先輩が笑ってくれた。高尾くんに容赦なく全体重をかけていたのは宮地先輩。木村先輩は真太郎くんの右肩に手を置いている。
「撮るぞー」
監督が携帯のカメラをこちらに向けた。今までにないくらいの笑顔を作った。これじゃ語弊があるかな。それくらい嬉しかった。
真太郎くんとの関係が一歩進んだのも、きっとこの人たちじゃなきゃこうならなかったし
先輩たちがこんなに喜んでくれたのも、私たちじゃなきゃそうならなかったと信じたい
最後の別れなわけじゃない。現に先輩たちは来年もパイを投げに来てくれるって言ってくれた。でもこの学校の中の先輩と後輩じゃない。
でも、こうやって、オレンジ色を着て、監督に写真を撮られている私たちは、今だけなんだから。