こんなことになるなんて思いもしなかった。きっと真ちゃんとなまえちゃんも同じことを思ってるはずだ。
あの後先輩たちの逆襲が凄かった。
パイを片手に追ってくる。その顔は日頃真ちゃんのワガママに付き合っている時みたいな笑顔。つまり目が笑ってない。宮地さんと木村さんなら分かるが、あの大坪さんまでもが。
「逃げんじゃ、ねぇ!!」
宮地さんが逃げる俺のジャージを掴んだ。その勢いで俺は後ろに転ぶ。そして俺の顔に向かってパイを投げた。否、押しつけた。必要以上に押し付けられて痛いというか苦しい。俺は動かせる手で床を叩いてそれを訴える。
「ギブっ、ギブっす!宮地さん!!」
「うし、残りは緑間にみょうじか」
そう言うと俺の顔からパイが離れる。え、宮地さんそのパイであの二人を制圧しにいくんですか。というかなまえちゃんにもやるんですかこれ。
これは、とかつてない危機感を覚えた俺は二人を見る。そこにはパイを構えた木村さんと真ちゃんを盾にしているなまえちゃんがいる。
...あれ、大坪さんは?
「お前ら、一個残ってたぞ」
そう言って部室から出てきた大坪さんの手には予備で作ってあった真新しいパイ。さっきなまえちゃんに投げられたパイも装備していて、二刀流になっていた。
真ちゃんとなまえちゃんをみればさっきよりも青い顔をしている。俺、先にギブしててよかったわ。
大坪さんに恐れて先に動いてしまったのはなまえちゃんだ。マネージャーって言っても女の子、相手はスタメン。走ってかなうわけない。速効宮地さんに捕まって木村さんにパイを顔にパイを押し付けられていた。
「お前が発案なんだって?」
「ほんといい度胸してるよな」
「ご、ごめんな、さい...!」
「わかればいい」
あ、俺の時よりも随分と優しい。解放されたなまえちゃんはその場に座り込んで放心状態。よかったね、ジャージ着てて。
さて、最後の砦は真ちゃんだ。パイを二個持った大坪さんと一歩も動かず睨み合っている。これはあれだ、動いた方の負け、ミリ単位でもどこかを動かせば隙が生まれてパイが襲ってくる。かと言って真ちゃんに反撃の手段はない。どこまで逃げ切れるかが、勝負のカギだ。
「おーい、緑間ー」
呼んだのは木村さん。だが真ちゃんは目もそらさない、そらせない。
その時、おれの頭上を何かが通った。パイじゃない。その影を目で追って俺は目を見開いた。
その影が真ちゃんにどんどん近づいていく。
「ちょ、真ちゃん!」
きっと視界の端の方で捕らえたのだろう。その見覚えのある陰に。視線は自然とそちらに持っていかれる。今真ちゃんの視界に写るのはパイを持った大坪さんじゃなくて、バスケットボール。
真ちゃんはそれに手を伸ばす。ああ、いつもバスケばっかしてるから!だめだよ真ちゃん!そのパス取ったら!
その瞬間、大坪さんの二つのパイが、真ちゃんを襲った。
俺たちの敗北が決まった。