言峰の言った通りだ

この地を一望できるビル群の上空に黒い塊。あれが、聖杯-この世のすべての悪-なのか。なまえはあんなものに俺たちの幸せを願って、自分を犠牲にしたのだろうか。
宙に浮く黒い塊から零れ落ちる塊は"宝石"。俺たちを襲ったあの化け物の正体もこれだ。


「...泣くなよ、いま助けてやるから」


一番高いビルの上から見上げればそれは手の届く距離。手を伸ばして触れようとすれば、黒い塊から手が、黒い手が伸びてくる。咄嗟に自分の手を引こうと思ったが、遅かった。
黒い手に腕を掴まれ塊の中に引きずり込まれる。

その中は黒かった。瞬きしても意味のない闇の中。聞こえてくる憎悪の塊は塞いでも意味がない。あいつの名前を叫んでも、俺には聞こえない。感じるのは声を発したあとの喉の渇き。
あいつは、こんなかで、誰も助けてくれなくて、一人で、苦しんでたんだ。
律義に"約束"守って俺たちと一緒にいてくれたのも、これか怖かったんじゃないのか。

"約束"破らせたのは俺だ。だったら最後まで責任もってやる。


「なまえ...!」


聞こえない声を発する。気付いてくれ、俺がここにいるって、助けに来てんだって。
宙に浮いたままの体のまま闇の中を彷徨う。相変わらず耳に入ってくるのは憎悪。だが、それらに埋め尽くされながら小さな声が聞こえる。

ああ、そんなところにいたのか。

耳をふさいで俯くなまえ。零れ落ちた涙は"宝石"となってぽろぽろと闇に落ちてく。
そうか、俺たちの襲ったあれは泥をかぶったお前の魔力だったのか。ようやくわかって一安心した。お前は俺たちを殺そうとなんて微塵も思ってなかったんだな。

泣き続けるお前に手を伸ばす。小刻みに震える肩を掴めば一層大きく跳ねた。


「...っ、ランサー...」

「おう、迎えにきたぜ」


憎悪の叫びにかき消されそうになる小さな声に俺は笑って答える。肩を掴む手で耳を塞ぐ手を掴んだ。


「昨日バイト終わって待っててもなっかなか来ねぇから随分探したんだぞ」

「ぁ、わ...わたしっ、」

「ほら、買い物行ってさっさと帰ろうぜ」

「か、帰らないっ!!」

「...だったらなんで、泣いてんだよ」


掴んだ腕を強くひいて抱きしめてやる。なまえは腕の中で暴れてるがこいつの力なんてたかが知れてる。少し力を込めてやればすぐに大人しくなる。


「もう、必要ないんだよ...私なんて、」

「馬鹿いうな。誰がそんなこと言ったんだよ」

「...私がいなくたって、みんな、大丈夫でしょ...っ」

「んなわけあるか。...ほらこっち見ろよ」


抱きしめてる手をほどいて俯いたなまえの顔を無理に上に向かせる。まだ流れる涙はなまえを離れて闇に落ちてく。


「思い出せ。これは"お前の望んだ世界"だ。」
「自分がこうしたいって思って、出来あがったもんだろ」
「だったら、責任もって、意地でも見届けろよ」


顔から手を離せばなまえはまた俯く。でも彼女から涙が落ちることはなくなった。
一面に広がる闇を見つめ続けるなまえの頭を撫でて、肩を無理矢理引き寄せる。


「つーわけだから、俺ら帰るな」


開いた手で宙に術式を刻む。するとすぐにそれが発火する。あっというまに燃え広がる炎は確実に闇を照らし、焼き尽す。
ミシミシとひびの入る音があちこちから聞こえてくる。細い隙間から光が差し込む。どうやら太陽を遮っていた闇も、不気味な月も、全部消えてくれたらしい。


「...ほんとうに、大丈夫なのかな」


消えかかりそうな声で呟いた。無理に引き寄せてる肩がまた小刻みに震えだす。その肩から手を離して、なまえの空いた手を強く握ってやる。


「大丈夫だろ。いざとなりゃ俺もクソ神父も金ぴかもいるんだから」


たまにと言わず、ずっと寄りかかっててくれよな。あ、飯はまかせてもいいか。昨日の晩飯は地獄を見たからな。


「心配すんなって。俺ら、お前が思ってる以上にお前のこと好きだからさ」


視界を覆う闇すべてにひびが見えた。次の瞬間、今までにない音をたてて砕け散る。一面の闇の中に浮いていた俺らは砕け散ったそれらと一緒に外界に放り出された。
なまえの手を一層強く握る。もう憎悪は聞こえない。あるのは一面の青空。それと、


「...ありがとう、愛してくれて...」


笑いながら泣いてるなまえ。いつまでも"幸せ"でいられるこの"世界"。

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