帰ったらランサーに殴られそうになった。
咄嗟にそばにいた綺礼の後ろに隠れたら、ランサーの拳を綺礼が何の苦もなく片手で受け止めていた。さすが体育会系神父。...じゃなくて、
「なんでボウズの家に行って帰ってくるだけで令呪なくすんだよ」
彼がこんな怖かった、なんて今まで感じたことがあっただろうか。いまランサーは本気で怒っている。
どうして、怒られなきゃいけないんだろう。
私はあなたのために最良の道を選んだだけなのに。
アーチャーさんも、凛ちゃんも、ランサーも、なんで間違っているというのだろうか。
「...だってランサー、綺礼とギルガメッシュ嫌いでしょ?だったらバセットさんと一緒だったほうが、」
「勝手に決めるんじゃねえぞ...!」
綺礼に受け止められた拳がミシミシと不穏な音をたてている。怖くて壁にしている綺礼の服の裾を握りしめた。
その会話を聞いていた綺礼が私の方を見て今まで令呪があった手の甲を確認する。もうそれはない。綺礼の視線もなんだか怖くなってきた。
「お前、最初に言ったよな。"好きなことすればいい"って」
「い、いったよ...」
「だったら俺はここにいる」
な、なんだって?残る?ここに?
なんで、と顔を上げてランサーを見れば、そこには見たことのない怖い顔。
目が合うと綺礼に掴まれていた手を離す。そして綺礼に隠れている私の横まで歩み寄ってきて、そこにしゃがむ。今度は私が彼を見降ろしていた。
「俺らを助けてくれたのはなまえだろ?ついでに言えば"今"があるのはなまえのお陰だろ?」
そこにはもうさっきの怖いランサーはいなかった。
戦争のときに散々心配してくれた心優しい私のよき理解者-サーヴァント-だ。
「俺らはもう十分だからよ、今度はお前の番だってことだ」
人に好かれる綺麗な笑顔。そして私の頭に置かれた優しい手。その手が離されたと思ったら綺礼から引きはがされて抱きしめられていた。
あったかい。戦争の時、真っ赤な槍が刺さった冷たさはここにはもうない。
私の番、それは、もう、我慢しなくてもいいということなのか、
「でも、それじゃ約束やぶっちゃう...」
「いない奴との約束なんてあってないようなもんだろ。」
そうか、もう、聖杯-この世のすべての悪-はいないのか。
その言葉に肩の荷が下りたような感覚を感じた。今まで散々"我慢"してきた涙がこぼれそうだ。
もう、
もういいのかな
「たまには約束の一つぐらい、やぶってみろよな」
「...うんっ、ぅん、」
私から離れて宙に舞った涙は"宝石"に形を変えて床に落ちる。
気がつけば、バケツをひっくり返したような雨の音が聞こえなくなっていた。
変わりにカラン、カラン、と音をたてて私の"涙"が降り注ぐ。