凛ちゃんに衛宮くんのノートを押し付けて、帰ってきた。
その道中はよく覚えてない。走っていたような、上の空だったような。
あ、空を見上げたら雲行きが怪しいのは覚えてる。傘持ってきてないから早く帰らなきゃと意気込んだのだから。
でもその決意はあっさりとやぶられてしまう。
「...はぁ、」
ぽつぽつとコンクリートの道に水玉模様が出来だしたとき、とっさにお休みしているお店の軒下に駆け込んだ。
非難した途端これだ。この分厚い雲の向こう側にはすごい大きいバケツがいるんじゃないかと疑いたくなった。
これじゃいつまでたっても帰れない。
いっそのこと濡れて帰ってしまおうか。ずぶ濡れで帰ってもギルガメッシュに指さされて笑われるだけだ。ランサーは、
「追い出さなきゃ、」
思い出さなきゃよかった。令呪はもうない。彼には家にいる理由がないのだから。
その方が彼にとってもいいはずだ。大嫌いな綺礼や金ぴかからおさらばできるのだ。
寂しいのは私だけ、我慢すればいい。
立ってるのも疲れたからその場でしゃがんでみる。雨が弱まる気配はない。
少し辺りを見回してみるが、雨宿りしてるのも、この辺りにいるのも、私だけになってしまったみたいだ。
もうこのまま雨が止むまで待っていよう。それで朝帰りになってもいいかもしれない。
綺礼だって今日中には帰ってくるだろう。晩御飯には困らない。帰ったら被害者になにをされるかわかったものではないが。
「何をしている、なまえ」
途端に私の上に影が差した。顔を上げて見上げれば、噂の綺礼がそこに立っていた。
滅多に観ない私服で、傘を所持している。朝話していた仕事は終わったのだろうか。
「衛宮くんのお家にいった帰り。今日雨が降るなんて聞いてなかったから傘もないの。」
そこまで説明すると綺礼は高すぎる背を屈めて私の腕を掴んで私を半ば無理矢理立たせる。着ていたスカートの裾を軽くはたいてくれ、その手は今まで傘を持っていた手と交代、今度はその手を差し出される。
どういうことなのか、私が困惑に瞬きを繰り返していると綺礼が口を開く。
「なんだ、帰らんのか?」
それはまるで、傘がないのだろう?だったら入れてやろう、と言っているようだった。
最近の綺礼はよく世話を焼いてくれる。傲慢王いやいや、英雄王があれだから仕方ないのかなと幼いときから感じていたのだが、どうやら違うということに最近気付いた。
ランサーもギルガメッシュも知らないと思うのだが、朝の台所制圧戦争に負けた日は決まってお昼のお弁当を作ってくれる。それが、普通においしいのだ。こんなにおいしいご飯作れるのにどうしてあんな地獄の釜を錬成するのか、いやいや、麻婆豆腐を作ってしまうのか。自分の愉悦のためだってことはよぉく理解した上での話だ。
「...ううん、帰るよ」
差し出された手に自分の手を重ねれば握ってくれた。そして手を引かれ綺礼の大きな傘の中へ。
綺礼の手は大きい。昔からそうだった、それにすごく冷たい。健康的に大丈夫なのかこの人。...まぁわけありなのは知ってる。
「綺礼の手はいつも冷たいよね」
「...当てつけか?」
「違うよ、前に衛宮くんが言ってたんだよ。」
手の冷たい人は心が広いんだって。
そう言ったら鼻で笑われた。うん、いつもどうりの反応だ。
「だったら子供体温のお前の心は酷く狭いことになるな」
「...うん、だから綺礼が羨ましいなって、」
綺礼が手繋いでくれるなんて滅多にないから嬉しくなって少し強く握ってみるが、この体育会系神父はどうもしない。
変わりに綺礼が私の手をこれでもかってほど強く握り返してくる。痛いとかそういう次元の話じゃない。手が、手が、物理的にやばい、
「いたいいたい痛いいたい!!手が、やばいです!!綺礼!!」
半泣きになりながら許しを請えば心の広い神父様はすぐに力を緩めてくれる。
最近よく世話を焼いてくれるようにはなったが、こういうところを垣間見ると、ああやっぱり綺礼なんだなって思い知らされる。
でもそんな綺礼が大好きです。私の大好きな人です。