「なんだなまえ、出かけるのか?」
「あ、うん。衛宮くんにね、ノート返しに行くの」
「おー、気をつけていってこいよー」
ランサーと会話して家を出たのは昼に近い朝。綺礼は教会の仕事、と言って朝早くから出ていった。なのでこの家は今日一日比較的平和的なのだ。
休日の私は授業のノートを返しに行こうと衛宮くんの家に向かって歩いていた、はずだった。
「っ!あなた!!」
道の途中ですれ違ったスーツの人。あなたとは誰のことを指してあなたなのだろうか、と考えていたが、その人が言うあなたとは私だったようだ。後ろに強く腕を引かれてバランスを崩して尻もちをついてしまった。
痛むところを抑えながら、こんなことをしたのは誰なのだと顔を上に上げた。
その瞬間、尻もちの痛みが一気に消し飛んだ。
なんでこの道を歩いていたのかすら忘れかけた。
私は目を見開いた。
「...バセット、さん...?」
"彼"が私の家にいるのは彼女から"令呪"を綺礼が奪い取ったから。
私が戦争に参戦していたのは綺礼を介してその資格-令呪-が私に与えられたから。
つまり、これは私のものではない。
綺礼を介していたとしても、私は自分にない資格-令呪-を奪って戦っていた。
それが本来あるべき姿なのだ。
平全を装うように私は立ち上がってバセットさんをみる。複雑そうな顔をしていた。バセットさんは何かを言おうと口を開こうとする。
それを遮るようにバセットさんの腕を掴んだ。そして私から口を開いた。
「何も、言わないでください」
「...っ」
「こうなることぐらい、聖杯にお願いするときからわかってましたから」
手の甲には赤く輝く"令呪"。これがもとの持ち主に帰るだけなのだ。それが私が聖杯にお願いした"みんなの幸せ"なのだ。
「帰ったらランサーにうちから出てくように言いますから...」
「どうして、そこまで、」
「私が我慢すれば、みんな幸せになれるんだって、知ってしまったから、です...」
もう私の手には彼を縛るものはない。うちにいる理由もなくなった。戦争も終わったし、綺礼が怒ることもないだろう。ただギルガメッシュは私を馬鹿だ馬鹿だと言い続けるだろうけど、それこそ私が我慢すれば済む話。
「だから、幸せになってくださいね」
ほら、私が我慢すればこんなに話がスムーズに進む。