「?!」
顔を上げて愕然とした。時計は終業の時刻をとっくに過ぎていた。
なんで誰も起こしてくれなかったのか!この際H.R.で力尽きて机に突っ伏したことは棚上げしておこう。
このままでは晩御飯まで台所を綺礼に占領されてしまう。それはまずい。非常にまずい。あんな地獄の釜みたいな麻婆豆腐を一日に二回も食すことになるのはなんとしても避けたい。
「え、あ、どうしよう...!」
と、とにかく鞄に教科書を詰め込んで蓋をする。鞄を抱えて教室を飛び出した。
学校の廊下は夕日に照らされてオレンジ色になっていた。だが今はそれに見惚れている暇すら惜しい。
階段を一段ずつ降りることさえ億劫になり、てっぺんから踊り場に向かって、勢いよく飛び降りた。
足が床から完全に離れてから気付いた。
ああ、これは上手く着地できないかもしれないことに。
どう足掻いてもあの麻婆豆腐を拝むことになるのだ。もうどうにでもなれ!と目を強くつぶって鞄を抱えている腕に力を込めた。
「...まったく、君という人は」
誰かの声が耳に入ってくる。
壁に激突して空中旅行も終わりだろうと思っていたのに、その前に人に激突するのか。ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい。恨むなら終業時間になっても起こしてくれなかった薄情な人たち、それと朝から台所を占領した綺礼にしてほしい。
どすん
誰かにぶつかる鈍い音は聞こえた。だがいつまでたっても私の体が落下しない。
いつまで空中旅行をしていればいいのかと恐る恐る目を開けてみると、
「本当に突飛な行動をするのだな」
そこには見たことある人がいた。彼は私の友達の凛ちゃんと一緒にいた、
「あ、アーチャー...さん?」
「...前から聞こうと思っていたが、何故私だけ"さん"付けなんだ」
「いや、うちの居候とは格が違うっていうか...」
よくよく気付けば私はアーチャーさんに抱えられているらしい。アーチャーさんは私をゆっくりと降ろしてくれて、私の空中旅行は幕を閉じた。
するとアーチャーさんは腕を組んで、難しい顔をして、私を見降ろしてきた。アーチャーさんは大きいな、と改めて思った。
「君がこの階段から降ってきたわけを聞こうか?」
「早く帰らないと私たちは今朝の二の前を被ることになるから、です...」
語尾が小さくなっていくのが自分でもわかった。顔も床を見つめていた。頭の上から降ってくるアーチャーさんの威圧が怖い。
勇気を振り絞ってちらっとアーチャーさんを見たが、やっぱり怖い。
今から急いで帰ってもあの二の舞は避けられないだろうと悟った私は、一気に肩の力が抜けた。
すると上からため息が聞こえた。アーチャーさんのだ。
「あの時-聖杯戦争-もそうだ」
その言葉はいままで誰もが口にできなかったであろう。
降り注いでくるアーチャーさんの威圧よりその言葉の先が怖くて私はゆっくり顔を上げてアーチャーさんを見上げる。
「どうして君は自ら望んで傷つきに行くんだ」
アーチャーさんは今までみたことない、悲しい顔をしていた。
優しいアーチャーさんにこんな顔をさせてしまう私は、なんて悪い奴なんだろう。
そんな顔しないでよ。私はあなたのそんな顔が見たくて"我慢"してるわけじゃないのに。
「私はね、アーチャーさん、」
「...。」
「みんなが大好きだからね、傷ができても痛くないんだよ」
私が我慢すれば、この世界はこんなに幸せになれるんだから