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__ 鈴の音(幾ハム)

「美鶴先輩ー! 真田先輩ー!」
 ……反応ナシ。居ないのか聞こえないのか知らないけれど、非常に困った。他の人もいる気配がしない。面倒ごとを嫌っているのかも。なんにせよ私が出なきゃいけないんだろうなぁ。なんてさっきから鳴り響いている電話を見る。全く、早く帰ってくるんじゃなかった。図書館で勉強とか、バイトとか、今日は乗り気じゃないからやめたんだけど、失敗してしまった。

 電話は苦手だ。友達とかなら平気だけど、そうじゃなくて寮のラウンジなんて誰が掛けてくるかわからないもの、誰が取ろうと思うのか。もう、ホント、なんで私だけの時にかかってくるのかなぁ。放ったらかしにして切れてしまうのもなんだか申し訳ない気持ちになるに違いないし、急用だったら向こうに迷惑だし、ああ、どうしよう。どうしようというか、もう取るしかない。
 ええい、ままよ!と受話器に耳をあてる。

「……こちら、巌戸台分寮です」
 自分でも判るおっかなびっくりな声。美鶴先輩はこんな風に電話を取っていたような気がしたけど自分でやるとなんだか間抜けだった。あんた結構人見知りするよね。と理緒に言われた言葉が頭を過ぎる。もしかするとこれは人見知りという類の話なんだろうか。
 もしもし?と電話のスピーカー越しの声は聞き覚えがあった。あれ、と思っていると電話の向こうの相手が声をあげる。喜びを含んだ声だ。

『ああ、君か! ちょうど良かった』
「……い、幾月さん?」
『そうそう……でも、もう少し用心した方がいいとは思うかなぁ』
「……どうしてですか?」
『いいや、それよりリーダーくん。鍵を見なかったかな』
「鍵、ですか? 今帰ってきたばっかりなんですけど、見た目の特徴とかは……」
『二つリングで繋がっている以外なんともないもので、家の鍵なんだけど……』
「家の鍵……?」
 いやー、うっかりしちゃってね。と幾月さんは言って、電話を取ったのが君で良かったよとスピーカーの先で笑いや照れを含んだ声が続く。表情までなんだかわかるような気がする。背後から聞こえる音と人の声はポロニアンモールだろうか、それか駅前かもしれない。
 いいや、推測するより私がしなきゃいけないことがある。鍵だ。どこに置き忘れたのだろう。受話器を耳に宛てながらきょろきょろとカウンターの近くを探す。けれど、電話は固定電話だから限界があって遠くまでは探せない。
「──ちょ、ちょっと待って下さい。ええと……あの、これどうやったら探しに行けますかね。コードが邪魔で……うーん、保留のボタンとかどこにあるんだろう……」
『ああ……なら君の携帯で僕の携帯にかけたら? それなら動き回れる』
「成程! じゃあメモを取るので教えてもらえますか?」

 幾月さんから出る数字を聞いてその数字を何度か読み上げてメモをする。多分ラウンジのソファーの辺りにあるはずだと言って電話は一旦切れた。
 受話器を置いてふう、と息を吐く。知っている人からの電話であったこと、私に対応できないことではないことに安堵した。人の役に立つのは嫌いじゃない。きっと幾月さんは不安でたまらないはずだ。早く見つけてあげないと。
 幾月さんの言葉通り、ソファーの辺りを探す。視界に入るテーブル、ソファーの上には見当たらない。
 それにしても鍵をなくしたなんて幾月さんもそういうところがあるのだなーと思う。理事長だからもっとしっかりしているのかと思っていた。いや、理事長も人間なんだけど、なんとなく? これが正に偏見というやつなのかもしれない。よくないなぁ。しゃがんでソファーの下とテーブルの下も覗いてみる。やっぱり見当たらない。なかったらどうしよう。そんな不安が過る。
 最後にいつも幾月さんが座っているソファーを念入りに調べてみる。これでなかったら電話しようと思う。どこにしまっていたとか、行動とか記憶を辿ればわかることもあるだろうし。

「……あ」
 ソファーの隙間に手を居れると金属の指に冷たい感触が伝わった。引っ張り出せば言った通り本当になんでもないキーホルダーもなんにもない鍵が手のひらにのっていた。急いで携帯を取り出す。早く安心させたい。そんな気持ちでぐっと体温があがる。コール音がやけに長い気がしてもどかしい。まだかまだか、と思っているとぷつと電話が繋がる。
「もしもし! 幾月さん! ……ですか? 鍵、ありましたよ!」
『それは良かった! これで家に帰れるよ。君には何かお礼をしないといけないかな』
「……へ、いえ、そんな!」
『欲しいものとかあるかい? 遠慮は無しでね。まぁあんまり高いものは僕にも無理だが』
 えっ、そんなのいいですよ。と謙遜しながらも懸命に頭を回す。この機会、正直不意にしたくはなかった。別に欲しいものに目がくらんだわけじゃなく。こういうのは素直に受け取った方がいいって順平が。でも、その何かが思い付かない。うんうんと悩んでいると幾月さんが困らせたかい?と尋ねる。
「いや、ただ思い付かなくて……ごめんなさい」
『なら、ケーキとかがいいかな。確か駅前に新作が……』
「わ、あ、あの! じゃあそれで!」
 慌てて返事をするとああ、わかったよ。という声が電話口から返ってくる。そんな声は笑いを含んでいて、恥ずかしくなって電話を先に切ったのは私だった。




 幾月さんは(私的にはもっと短かったけど)十分くらいして寮に戻ってきた。白い箱を持って、少しだけ息を弾ませていた。幾月さんはラウンジでいつもの席に座るとふっと息をつく。私も近くのソファーに座ってポケットにいれた鍵を出す。
「あの」
「ん、なんだい?」
「幾月さん、もしよかったらなんですけどこれ」
「キーホルダー?」
「はい。鈴が付いているんです。ゲームセンターで取ったんですけど良かったら! これなら無くさないと思いますよ」
「はは、それはどうも」
「つけてもいいですか?」
「じゃあ、お願いしようかな」
 鍵を借りてリングのところにキーホルダーをつける。ジャックフロストが鈴と共に揺れた。これでなんでもない鍵よりは見つけやすくなったはず。どうぞ、と幾月さんに渡すと恥ずかしそうに髪をかき混ぜる。
「いやー、みっともないところを見せたね。できたらこの話は秘密にして欲しいな」
「勿論ですよ。このケーキに誓って」
 そうやって笑ってみると幾月さんも笑う。もう帰ってしまうのだろうか。なんて惜しく感じる。
 もしかして、というか確実に私はまだ幾月さんを知らなすぎるのではないか。今更そう思い付く。寮に幾度となく来てくれているし、屋久島にも行ったのに知っていることと言えばカラオケとか駄洒落好きとかそれくらいだ。本人が好きと言ったわけじゃないから確かではないけれど。……そもそもあの人って何が好きなんだろう。もっと話せたらいいのに。私は幾月さんのことあまり知らない。今は二人きりだし、色々話せるかも。家族とか住んでるところとか、好きなものとか。
「幾月さん──」
 そう呼んだ時、玄関が開いた。
「おっと、帰ってきたみたいだね。僕はこの辺で」
「あ、……はい。また」
 ちりんちりんと音をならして幾月さんは私に背を向けた。玄関でゆかりとすれ違っていくその背と鈴の音を聞きながら迷惑だったかもしれない。大人にキーホルダーってどうなんだろう。なんだかちっぽけだ。渡すなら、もっと、花とか腕時計とかそういうものを……なんて脱線したことまで考えて後悔して、受け取ってもらった嬉しさに浸る。

「──ねぇ、リーダーそれケーキ?」
「へ……、あ、そうそう!」
 声をかけられるとは思ってもなかった。飛び退きそうになるのを堪えて頷く。慌ててゆかりに見せようと箱を開けるとふわっと漂う甘く酸っぱい匂い。中には食べたいと思っていた今月限定のフルーツケーキが二つ入っていた。
「二つも? 贅沢ー!」
「……ゆかりと、食べようと思って!」
「え、そんな感じのテンションじゃなかったでしょ。そんな気使わないでいいよ?」
「嘘じゃないよ。一人で食べるなら同じ種類の買わないし」
「んー……まぁ、そうか」
 眉を潜めていたゆかりは納得したらしい。さっと表情を変えて口元が緩めた。
「じゃ、皆が来る前に!」
「私、紅茶いれるね」
 ふと、ケーキが二つ入っていた理由についてひとつ思い付く。まさかだけど、幾月さんも食べようとしていたとか?
 もしかしたら幾月さんって甘いもの好きかもしれない。帰ってしまったのはゆかりに知られるのが恥ずかしかったとか?でも、私には知られても良かったんだろうか。幾月さんの秘密をひとつ知っているから、ひとつもふたつも変わらないのかもしれない。
 真相は確かじゃないけど、なんだか勝手に、だけど距離が縮まったように感じた。


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