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__ 夜の深いところ(綾ハム)

三泊四日の修学旅行の三日目の夜。
歩き疲れてくたくただったからあまり話さずに私も友人達もすぐに眠った。それで正解だったと思う。
初日に話している間に影時間になってしまった時は辛かったから。ゆかりは「しょうがないよ」と私に笑ってみせたけれど取り繕ったようなものだったし、影時間分の時間を起きていた私とゆかりは友人達より早く眠りについてしまったし。
影時間は何処に居ても何をしていても起こる。屋久島でもそれはこの身で経験したことだ。あの時は束の間の休息など許さないかのような影時間に対して必ず消してやろうと思っていた。けれど、今となっては影時間になす術もなくただ嘲笑われているようなものだった。幾月さんが、桐条先輩のお父さんが亡くなってから、あの事件があってからというもの仲間は散り散りだ。

そんな影時間の中、目が覚めた。世界が深い緑と血のような赤、そして金色の月の光で満ちる時間だ。
「どこいくの……、」
もぞもぞと布団から抜け出そうとしていると寝惚けた声でゆかりが私を引き留めた。影時間であることをすっかり忘れた私は他の子を起こさない様に小さな声で、けれど、少し裏返ってしまった声で「ちょっとトイレ」と言う。納得したようにゆかりは布団の端を握ってまた眠りについた。それを見てそろそろと音を立てないようにトイレの前を通り過ぎて靴を履く。トイレというのは嘘だった。どうしてかぱっちりと目が覚めてしまったのだ。どうしてか、そのまま布団で眠気を待つということはしたくなかった。別に影時間なら旅館の中をうろついても怒られはしない、と思う。影時間が終わるまでには帰ればいい。あとは、アイギスに見つからなければ?

「あれ……綾時?」
階段を下りて一階のエントランス。初日に露天風呂と間違えたガラス張りの庭の前に立っていたのは綾時だった。お風呂に入ってしまっていたから、かきあげた髪の毛は前に落ちていて別人のようだったけれど、確かに望月綾時本人だ。影時間なのに、なぜ?そう思う。
「わ、君か!ごめん、怒ってるよね。夢にまで出ちゃうんだもん……」
「夢?」
「うん、夢だよ。だって夢じゃなかったら月もこんな形してないでしょ」
綾時はほら、と庭の池を指指す。ゆらゆらと揺れる池の中に黄金の三日月が見えた。そうなんだろうか。そう言われるとそうなのかもしれない。てっきり、適性者かと。私が見ている夢と綾時が見ている夢が繋がった?まるでファンタジーだ。そういうことにしておくのもいいのかもしれない。適性者だったら既に桐条先輩が見つけていてもおかしくはない。
「……そっか。私はお風呂の楽しかったけどね」
「え? 本当? 美鶴さんって怒らせると怖いって学んだけど、処刑だー!って言った時の顔すごく凛々しかったよね」
「わかる! 本当、桐条先輩ってかっこいいの。あこがれちゃう。でも明日はゆかり達機嫌悪いだろうから男の子達は気を付けた方がいいかもね」
そう言うと綾時は頷いてにこにこと笑った。そういえば、あの時一番楽しそうだったのは綾時だった。思えば、綾時はいつも笑っていて、私達もつられて笑うことが幾度ともなくあった。散り散りとは言ったけれど、綾時が転校して来てからは何かと綾時が仲間を繋いでいるような……、そんな。
ぼんやりと考えた事をしている間、綾時は修学旅行の班行動の話をした。順平と真田先輩と恋愛成就のお守りを買っただとか、帰国子女の綾時には新鮮な事ばかりらしい。夢なのによく喋る。それを私はふんふんと聞いて、時々笑う。
「……あ! この事は内緒にしてね。幸せな夢は話さない方がいいんだって。正夢じゃなくなっちゃうから」
しーっと綾時が口元に人差し指を立てて笑った。
「そうなんだ。私、初めて知った」
「順平君に教えてもらったんだ。順平君もよく幸せな夢を見るらしいけど教えてくれないから聞いたらそうなんだって。僕、君とこうやって夜にお散歩できたらなーって思ってるから言わないでね」
「またそういう事言って。なんで夜なの?」
「……なんでだろ。君に似合うって思ったからかな?」
「……変なの」
そう呟くと綾時が腕時計を見てわっと声を上げた。
「そろそろ帰らないと!」
影時間なのに綾時の時計は動いているのだろうか。それとも、本当に夢なのか。なんだかまたこんがらがってよく分からない。それでいいのかもしれない。色々と考えているうちに綾時は階段付近まであっという間に移動してしまっていた。
「君も冷えるから早く部屋に戻った方がいいよ!」
じゃあねー!と大きな声で手を振る綾時を見ながら私も振り返す。大きく手を振りながら綾時は階段へと消えた。消えた途端身体がふるりと震える。寒い。そう思った。
部屋まで帰る間のことは何故か曖昧でぼんやりとしていて、どうやって帰ったのか覚えてはいなかった。気付けば朝を迎えていて「寝ぼすけ!」とゆかりに怒られた。これは修学旅行中毎朝のことだからあんまり関係は無い。朝には弱いだけだ。

朝はバイキング形式の朝食だった。「おはよう」と挨拶をかけてきた綾時は皿に山の様に料理を載せていた。私も挨拶を返すと夢の時の様にしーっと人差し指を口に宛てて笑った。私も真似してみるとそれを見ていた事情を知らない順平が目を丸くしているのがおかしかくって二人で笑う。
夜の散歩が来る日は案外近いのかもしれない。そうだといいなと思う。


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