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__ *よを知る者(P4主とP5主)

「相席、大丈夫でしょうか」
そう店員に言われたのは初めてだった。まだ越してきてから早数ヶ月、もう七月だ。そういったことがよくあるのか知らない。けど、まぁ、どうせ人待ちなのだからと頷いた。外を見る限り、まだ待ち合わせの相手が来る様子は無い。30分も早く着いてしまったから当然と言えば当然だ。張り切ってデートとかそういう訳じゃない。友達だ。未だに都会の電車に慣れず、遅れるぐらいならば早く行こうという訳。待つのは嫌じゃない。
大丈夫だと告げて数分もせずに、一人の男性が姿を見せた。ここでいいのか、と言うように首を傾げる男性を見た途端、舌がもつれた。大きく頷いて手だけで向かいの席に座るように促した。
灰の髪に灰の瞳。染めているような人工的な色ではなく落ち着ついた色を見せていた。年齢は二十くらいだろうか。ラフな服装をしているが、瞳も髪も日本の人のそれではないようで、背も高い。かっこいい部類。部類というか、モデルとかやってそうな感じに見える。相席なのだからわざわざ話しかけては来ないと思うけど、許可はしなければよかったなぁと少しだけ思った。友達、竜司は……まだ来そうにない。
生憎なことに僕は英語が堪能じゃないから、話しかけられても困るんだ。吃ったのはそのせい。何を言うべきかさっぱり皆目見当も付かなかった。だから、その男の人が向かいの席に座る前にそっとスマートフォンを取り出して会話を遮断しようと鞄に手を伸ばした時だ。

「ありがとう、人待ちだからほんの少し座らせて」
そう灰髪の男性は礼を言って向かいの椅子を引いて座ったのだ。手にはアイスコーヒー。外国人なんて座らせるんじゃなかったとか、スマートフォンで遮断しようとか云う考えばかりして、ずるい行いに仕方がない。でも、他人だ。と自分の行動を正当化していたことどっと冷や汗が出る。恥ずかしさを隠す様にストローに口をつける。ジンジャエールの強めの炭酸と冷たさが全身に染みた。元々炭酸の部類は苦手なのに、飲み過ぎて少し噎せる。大丈夫?と降ってくる優しげな声がかなり惨めだ。
「……あ、いえ、へいきです」
「良かった。君も誰かを待ってる?」
「どうしてですか?」
当たった。と少し嬉しそうな声をあげて目の前の人は笑った。
「勘、かな? 何となく、周りの人とはちょっと違ったから。俺が来た時少し困った顔をして外を見ただろう?」
「いや、それは……、日本の人だと見えなくて」
「よく言われるから気にしなくていい。本当は染めたらいいんだろうけど、気に入っている人がいるから。君は? 高校生?」
やけによく喋る人だ。なんだか重そうな髪をひと房摘んで尋ねてくるこの男の人は何なんだろう。初対面で偶然席に当たったにしては饒舌な気がした。気に入ってる人。そう言ったこの人はやけに誇らしげに見えた。ただの自慢だろうか。なんてことをストローでジンジャエールの中身を蓋がついていながらき無理矢理ガラガラという音を立て混ぜ、口に含みながら考える。
「高校生ですよ。秀尽高校っていう……」
「青山の? この前、そこの先生が──」
「ああ、そんなこともありましたね。もう誰も話題に出さなくなりましたけど」
「……へぇ。きっと君は充実した一年を過ごすだろうね。いい意味でも悪い意味でも」
「それも勘ですか?」
「いや……」
否定の言葉を口にされる。アイスコーヒーを口にして灰髪の男の人は続けて言った。
「君からは懐かしい匂いがするんだ。ジオ? それともアギ?」
「え?」
思わず聞き返した。こんな反応、バレバレだ。何の話だ。と返すのが正しい答え方だと思ったのはその後すぐだった。いつもの慎重さが失われているような気がした。俺を見ているだけで目の前の人は何も言ってはくれない。ほんの少し口角が緩くあがっているように見え、考えが読めない。そんな人がおもむろにポケットから小さな長方形の紙を出した。
「……何かあったら連絡して。いつでも相談に乗るよ。まだ大学生でちょっと手伝ってる程度なんだけど」
「……はぁ」
鳴上悠。白い長方形のシンプルな名刺にはそう書かれていた。その上にはなにやら知らない会社名も書かれている。
「今、胡散臭いと思った?」
「そりゃあ、……そうですよ」
「君との出会いをここで終わりにしたくないって言ったらどうかな」
「つまり、俺のことが気になるって事ですか?」
「……ああ、まぁ、そういうことでいい」
ひどく曖昧な答えを返した鳴上さんは呼んでるよ。と窓の外に視線を移す。つられて視線を動かすと手を振る竜司が居た。申し訳ないけれど、なんてタイミングが悪いんだろうと思う。もっと聞きたいことがあるっていうのに。ま、仕方ない。半分残っていたジンジャエールを手にポケットに名刺を突っ込んで、鞄を肩にかける。
「連絡、すぐじゃなくていい。待ってるから」
何かあったら、じゃないのか。それとも、僕がいずれかけることになることを分かっているのか、鳴上さんは言った。電話などかけるものか。と反抗してやりたかったが、多分かけるのだろう。僕は。今僕らがやっていることを知っている。どう思っているのかは知らない。だが、知られているということは危ういことだ。僕はいいとして、仲間は危険に晒したくはない。
せめてもの反抗のつもりで聞こえないふりをして挨拶もせず店から出た。それから、すぐに竜司がやってくる。
「あの人誰だったんだ? 知り合い?」
「いや……ただ相席しただけで知らない人だよ」
「へー、外国のヒト?」
「全然。日本人だって」
ふぅんとかへーとかそういう声を出して竜司はまぁいいや。と結論付けた。知らなくていい。そう思う。
「それ何?」
「ジンジャエールだけど」
「飲んでいい? あっつくてさぁ……」
「飲みかけでいいならいいよ、飲んだら行こう」
りょーかい。と竜司が俺の手からジンジャエールを取った。ごくごくと飲むところを見ると余程喉が乾いていたようだ。あっという間に飲みきったプラスチック容器をゴミに捨てる。
「とりあえずゲーセン?」
「その後はカラオケ行きたいな」
「おっけ。じゃあ行こうぜ」
竜司がニコニコと笑い、早足で歩いていく。僕も追いかける。このままこういう日々が続けばいい。知らないまま、生きて欲しいなんてなんだかこういう思考、映画にあったなとか考える。大抵それってバレてしまうんだけれどどうなんだろうな。



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