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__ 心臓を喰らう魔物(アル主)

「あの子と付き合うことになった」
屋根裏部屋に戻るなりそう言葉にする。部屋には誰も居ないし、電気も付いていない。そんな空間に声をかけるのは傍から見れば気が触れているのだろう。僕だけに見える存在は弊害も多いが、時に心の支えになる。裏切らないからだ。
「知っている」
薄暗い部屋の中でそんな低い声が羽根と羽根が擦れる音と共に響く。さも興味の無いような声音だった。なんでだよ。視線を動かせば殺風景な物の少ない部屋のクローゼットに寄り掛かる何かがうぞめく。何かでも幻覚ではない。ペルソナというものだ。
アルセーヌ。僕のペルソナで、名前の元はアルセーヌ・ルパンから。世間を騒がせる怪盗をしている身であるから、自分ではぴったりの名前だなと思っている。簡単に言うと、気に入っている。
ただ、現実世界ではペルソナを呼んだりすることはできないし、ましてや話すことなどできないはずなのにアルセーヌはここにいた。その意味はよくわからない。そういえば、聞いたことがなかった。付き合いは四月の初旬頃からであまり長くはないのだけれど、あれは僕そのものであるからか往年の友のように感じていたからなのかもしれない。
電気を付け、ベッドに鞄を放り投げ、そのまま自分もベッドに飛び込む。急ごしらえのパイプベッドがきしきしと軋んだ音を出した。下に響いたかな。
「下の店主に迷惑がかかることはやめた方がいいんじゃないのか?」
「いいよ、そんなの」
「良くないだろう。保護観察の身なのだから」
「どうでもいいよ」
ため息をつく。何も分かっちゃいないのか、それとも何か、肯定しているのか。よくわからなかった。僕そのもののくせにこいつの思考はよくわからない。本当は僕じゃなかったりするんだろうか。最近それが気になって仕方ない。アルセーヌは何なのだろう。
自分から電気をつけたくせに光がなんだか目に痛くて腕で目を覆う。別に今日はパレスに行ったわけでも無いのにやけにだるい。身が削れるような気分がする。頭の中は告白されたことでいっぱいだった。またため息を吐くとアルセーヌが呟いた。
「……いいんじゃないか?」
「何が」
「付き合うこと、だ」
「……そう」
「お前が望んでいることではないのは知っているがな」
「へぇ、知ってるんだ」
「お前が私に止めてもらいたかったのも知っている」
「じゃあ止めろよ……」
そう言いながらごろりと体制をアルセーヌの方へ向ける。アルセーヌは主の決めた事に口を出してはいけないと思ったとかなんとか言い訳をした。告白に答えなきゃ良かった。ペルソナというのはよくわからない。自分でも自分自身あるペルソナに好意を寄せるのもどうかと思うけど。
「……変なの」
「私にもわからない。お前が常々気にしている何故現実世界にも存在出来るのか。ということ。通常ならお前の心に居なければいけないのだが……」
「僕が受け入れられてない、とか? 忘れてしまっていることがあるとか?」
パレスではペルソナを手に入れる時に話かけてペルソナであることを思い出させたり、認識させるけれど、アルセーヌはペルソナであることを自覚している。アルセーヌは首を振って見せた。そうして黒々とした羽根を揺らし、ベッドの方に向かってくる。身体が大きいせいで眩しかった光が遮られ、夜が来たみたいに感じた。
「……わからない。余計な情がここに留まらせているのかもしれないな」
「情?」
「私に言わせるのか?」
「具体的に言ってくれないとわからないよ」
そう言うとアルセーヌは僕の頬に手を当てた。長い爪は僕の頬を傷付ける事もせず、ただぴたりと触れている。表情は読めない。あってないようなものだ。
「……アルセーヌ?」
呼びかけるとアルセーヌははっ、としたように息を吐いた。それから手が離れていく。
「……言葉にしてしまうのはひどく、恐ろしいことだ」
そう言ってアルセーヌはまた僕から離れて、そのまま姿を眩ました。起き上がった僕が見たのはがらんとした殺風景の部屋だけだった。


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