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__ 罰ゲーム(ぺご番)

「え……?」
  思わず声が出た。意味が分からない。いや、分からなくはないけど、どういうことだ。勉強している場合じゃない。 通話終了。そうスマートフォンの画面は表示する。通話時間は一分にも満たない。そのくせ、その数十秒には訳の分からないものが大量に詰まっていた。

『もしもし、突然ごめん。……暁。愛してるよ。……ああ、あの! 今言ったのは、忘れて。用はそれだけだから……えっと、じゃあ』


 どういうことだ。一体。言われたことを頭の中で再生してみる。愛してる? 何を?いや、尋ねなくともあのニュアンスでは俺を。だ。忘れろ? 無理に決まってるじゃないか。……というか、本当に?愛してる、なんて言われたことがない!それに、暁だって。今の今まで来栖くんだったのに!
 俺と、鳴上さんの関係はただの居候だ。それに本当に一時的な。俺の家、というかルブランの屋根裏は一週間前天井が雨漏りし始めた。それはもう盛大に。ベッドも作業机もびしょぬれで、佐倉さんの家は眠れるようなスペースがなくて。というのを聞いていたのがこの鳴上さんだった。だから、ただ一緒に住んでるだけ。それだけ。いや、俺的には鳴上さんのことはそういう意味で好きなんだけど。知り合ってからずっと羨ましくて近づきたくて、なんというか、俺のものにしたかった。修理が済むまで居候が決まったときなんか嬉しくて嬉しくて仕方なかった。けど。
「あーっ、もう……」
 それでもこれは反則だ。意識しちゃうじゃないか。向こうも好きかもしれないなーとか。リビングの床にごろごろと転がっていて気づく、ここ鳴上さんの家だ。今更だけど、なんだか気まずくなって立ち上がる。けど、じっとはしていられない。うろうろとリビングを歩き回っているとモルガナがこっちを見ていた。
 リビングの一角。そこがモルガナのスペースだった。たった数週間なのに鳴上さんは猫用のベッドやら何やらを揃えてくれた。モルガナはやっぱり猫じゃないとは言い張っていたけれど、気に入っているみたいだ。俺がばたばたとしているせいで起こしてしまったらしい。眠たそうな目を俺に向けている。
「モルガナはどう思う?」
「……なんだ?」
「俺のこと鳴上さん好きかな」
「はー……またか。好きなんじゃねぇのか? わざわざ家貸してくれてるし。ま、ワガハイにも優しいけどな〜」
「じゃあ、さっき俺に愛してるーって電話してくれたけど、本当だと思う?」
「……マジか」
「マジ。でも、会社の飲み会らしいから嘘かも」
「酒かぁ。またたびみたいなもんなんだろ、ワガハイあれダメになるからな」
 確かに。俺はまだ成人じゃないから知らないけど、モルガナが鳴上さんが買ってきたまたたび入りのおもちゃを貰ったときはすごかった。呂律も回ってなかったし。
「もう寝ようぜ、そういうことは考えてもしかたねぇって」
「でもさぁ……」
 そうやって床の上でごろごろしていると玄関が開く音が聞こえた。その後、すぐに鳴上さんが入ってくる。おかえりなさい。と声をかけ、迎えるが、ぼんやりしているようでうん。と呟いて俺に向かって倒れ込んでくる。思わず抱き留める形になってあの言葉を思い出す。何って、愛してると言われたこと。でも、強いアルコールの匂いにその思考が飛ぶ。酔ったテンションなんだよな。きっと。
「大丈夫ですか。ソファまで運びます」
「んん、あかつき?」
「えっ、あ、……そうですけど……」
 また名前で呼ばれた。困惑してうまく言葉が出ない。そんな俺を鳴上さんは面白いのかあんなのかふふ。と笑う。白い肌がアルコールで赤くなっているせいでいつもと違って見えてくるし、俺まで変な気分になる。ぼうっとしてしまいそうだ。本当にどうしてしまったんだろうか。俺も、鳴上さんも。お酒を飲んだ鳴上さんはいつもこうだったりするのだろうか?
 不安を抱えつつ、ずるずると鳴上さんを引きずるように連れて行くと、モルガナが来てくれた。大丈夫か?という問いかけにかろうじて頷く。体格は俺より鳴上さんの方がいいから正直しんどかった。なんとかソファに座らせる。

「……はぁ」
 疲れた。ため息をつきながら俺もソファーに座る。なんだかどっと疲れてしまった。ソファーに座った鳴上さんはだらりと俺に寄りかかる。ゆるゆると緩んだ口元が楽しそうに微笑んで、俺を抱きしめた。それから
「好きだ、暁」
 とかなんとか言ってきて、頬に柔らかい感覚が、した。
「は……?」
 ぽかんとしている間に、ちゅ。というリップ音を聞く。同時に強いアルコールの匂い。
 脳の処理が終わる前に鳴上さんがよりきつく抱きしめてきた。嬉しいんだけど、流石に、これは、苦しい。好きな人であっても力が強くて。お酒のせいで加減が効かなくなってるのかもしれない。というかそうだ。今まで抱きしめられたりされたことはないけどこうやって力加減を忘れるなんて鳴上さんに限ってはないことで。
「っ、……くるし、い」
「あ、あかつき!?」
 俺からこぼれた声を聞いてモルガナが俺を呼ぶ。ワガハイが助けるからな!なんて言う言葉に返事をしようにもくぐもった声しかでなかった。



 ばさっ、と布団を押しのける音が聞こえた。モルガナが起きたみたいだぞ。と教えてくれる。
 ようやく起きた。と失礼ながら思う。だってもう昼だ。いつもなら早起きで朝ごはんを作ってくれるのは鳴上さんなんだ。今日は全部俺がやった。いや、責めるつもりはない。そんなつもりはなかった。昨日のことが少し、少しだけ気に入らなかっただけだ。あれじゃら大変だったんだ。深く眠った成人男性を運ぶのには骨が折れた。
 鳴上さん用としてキッチンに置いていた料理は冷めてしまっていた。料理はあんまりうまくない。カレーは上達したけど、それ以外は調理実習でやった程度でモルガナとスマホを見ながらなんとか作れた。スクランブルエッグは写真にあったとおりにふわふわしていなかったし。少し焦げたベーコンは時間の経過で染み出した脂が固まりつつある。
 リビングの床に敷かれた布団を押しのけて、きょろきょろしている鳴上さんの顔を覗いて挨拶をした。上着は脱がせたけれどそれ以外は着たままだったせいでシワが少し目だって見える。おはようございます。なんて、昼なのに変かなと言ってから思う。
「……おはよ。モルガナも。……って、君。学校は?」
「今日は土曜日です」
「ああ、そうなのか……というか、俺も休みか。ごめん、頭回ってない」
 そう言いながら鳴上さんは立ち上がるが、ふと頭を押さえる。頭痛だろう。二日酔いにはしじみがいいとかどこかで聞いて近くのコンビニで買ってきたしじみのインスタントカップは役に立つといいんだけど。
 鳴上さんはあくびをひとつしてテレビをつけた。そして画面の左上に表示された13:03という時刻に目を見開く。
「朝は?」
「作りました。テーブルに鳴上さんの分も」
「作った?」
「変ですか?」
「……いや。ごめん。変じゃない。意外で。起こしてくれればよかったのに」
 揺さぶっても起きなかった。というのは言わずに、鳴上さんの分もあることを伝える。そうするとまた驚いた表情を浮かべる。昨日の夜から鳴上さんのいろんな表情を見ている気がする。ごめんだとか申し訳ないとか謝って洗面所に逃げるように早足で行ってしまうのを見送って、キッチンに向かった。

 俺の作った不格好なスクランブルエッグは無事に鳴上さんの胃に収まった。美味しかったよ。という言葉は俺を大層浮かれさせた。鳴上さんの料理のほうがずっと美味しいから世辞なのはわかっていた。けど、嬉しいものは嬉しい。今度料理を練習しておかなくてはと心に決める。洗い物が終わってソファーについた途端、俺は言いたかったことを切り出した。
「……昨日のことおぼえてますか」
「……」
「覚えてますね?」
 うん。という声はすごく小さかった。
「罰ゲーム、だったんだ。電話帳の履歴の一番上の相手に愛の告白っていう」
「じゃあ、あれは嘘なんですか」
「それは! ……違う。そんなつもりじゃなかったんだ。あれから恥ずかしくていつもより飲んで……えっと、来栖くん」
「あのときは呼び捨てだった。あと、抱きしめてキスもしてくれましたよ」
「いや、だから……。う、……夢じゃなかったのか」
 はぁ。と大きな溜息。手のひらで顔を覆う姿が可愛く見える。反応を見て、ようやく納得した。あの行動は夢だと思っていたから、大胆だったのか。それならつまりは、そういうことをしたかった?俺は昨日、この耳で聞いた。あれも望んだこと?そうだったら、すごく嬉しいことだ。相思相愛。両思い。なんて。
「鳴上さん」
「……うん」
「俺は、鳴上さんのこと好きですよ。嘘じゃなくて」
「……本気か?」
 今度は俺が頷く番だった。
「その気にさせたのはあなたですよ。愛してるとかキスとかされたら、ましてや両思いとか――」
「わ、わかった! もういいから……言う。言うから」
 俺の言葉を遮って鳴上さんは声を荒げた。俺が口を閉じるとゆっくりと話始める。
「君はまだ未成年だから、もう少し待とうと思っていたんだ。その……好きだ。君が。いつもルブランに行くと君がいるかどうかわくわくしていたし、君と話すのは楽しかった。君のことがもっと知りたくてチャンスだと思っていたし、知れば知るほど君に引き込まれた。……だから、夢だと思って調子乗っていたんだよ」
「好きって、そういう意味でって捉えていいんですか」
 少しの沈黙の後、鳴上さんはこくり。と頷いた。そんな姿に堪らず頬にキスをする。鳴上さんがわっと声をあげる。唇に触れた頬の感覚は熱い。本当、好きだ。この表情はきっと俺しか知らない。それがたまらなくて、どんどんずるい思考が働いていく。踏み込んでみたくなる。口角が釣り上がる。
「仕返しです。悠さん。もうお酒飲まないで下さい」
「それは、困るよ。……というか変な気分だ。マスターの前ではそうやって呼ばないで欲しい」
「二人の時はいいんですね」
「それは……嫌じゃない、から」
「俺と付き合うのも?」
「できるなら、ぜひ」
「なら。もう飲みすぎないで下さいね。じゃないと俺が怒ります。いつでもどこでも悠さんって呼ばせてもらいますよ」
「それは気をつけるから勘弁してくれるかな。その……名前呼びにするのとかも。もう少しゆっくり……っ!」
 ぽつ、ぽつと喋る鳴上さんがじれったくて仕方なかった。ゆっくりなんてきっと鳴上さんがついていけないからだ。どうしても今すぐキスがしたくてたまらなくって思考どおりに行動を起こす。耳まで赤くなった鳴上さんが本当に面白くって、声を出して笑う。
「ゆっくりなんて無理ですよ。そうしてるうちに何もかも終わってしまいますから」
 



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