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__ *運命なら人がいい(ぺご番)

珍しい灰色の髪を持った男を見つけてはっとする。瞳も同じ色をしているけれど、それが元からなのか、そうでないのかはわからない。僕を見つけてその瞳が大きくなった。
人混みをかき分けて僕の方までやってくる。夏なのにスーツをきっちりと着こなしていて熱帯夜なのに汗ひとつ見えない。時々、髪の色も相まってこの人は人なのかと怪しくなる。よく会うのにお互いの名前と職業くらいしか知らないのがよくよく考えれば不思議だった。

「こんばんは。今日は遅いんだね」
「……友人と遊んでて」

そう言うと、そうか。と一言呟いた。それから目が合う。こんな時間に外を出歩いていることを咎められると思って身を固くする。さながら、蛇に睨まれた蛙のようにじりじりと見つめられる。
数秒に満たない程の時間が長く感じられて「気まずそうにしなくていい。丁度仕事終わりだから」という言葉に気が抜けた。いつの間にか呼吸まで止まっていたらしく、大きく息を吸う。
それを見て、くすくすと笑う目の前の男は警察官だ。名前はナルカミユウっていうらしい。漢字は教えて貰っていないからわからない。僕はナルカミさんと呼んでいる。今年の春に引っ越してきた時に道案内をして貰ってからよく会うようになった。帰り道とか朝とか、電車の中とか会おうとかじゃなくて偶然。人の多い都会で偶然が重なり過ぎるような気もするけれど、会って嫌な人じゃない。

「都会の夜は危ないから気を付けた方がいい。君は女の子でもないし、割と腕っぷしが強そうだけど変な事には巻き込まれない方が絶対いいだろ?」
「……気を付けます」

それがいい。とナルカミさんは微笑む。どきりとした。男なのに。
なんかこの人、すごくモテるんだろうな。って思う。人当たりもいいし。

「仕事終わりってことはもう帰るんですか」
「うん。でも、君を送ってからの方がいいのかな」


申し訳ないからと言ったのにナルカミさんは居候をしている四軒茶屋まで付いてきてくれた。会話の内容はほとんど僕の話だ。熱帯夜なのに、暑いとかそんなことは感じなかった。僕は夢中だったのだと思う。ただの他愛のない話なのに。
そんな、たわいのない内容にナルカミさんが時々自分が高校二年の時の話を混ぜて話してくれた。ナルカミさんは鳴上悠という漢字を書くそうで、高校二年の時に都会から田舎の叔父の家に一年限りだったけれど住んでいたんだとか。僕に似ながら真逆のような共通する点になんとなく胸が高鳴った。
ただし、家に近付くにつれ会話をしている途中でふわふわとあくびをしそうになって噛み殺していたのが印象的でもあって、大層疲れているのが目に見えて分かってしまって申し訳なさも酷かった。

「あの……」
「……うん?」
「着いたんですけど、大丈夫ですか?」

こてん、と首を傾げる。頭が回っていない。そう感じる仕草だった。年相応じゃない姿に驚き、さっきまで人じゃないかもとか思っていたことも撤回しようと決めた。本人にはそんなことは伝えるつもりは今後一切無いけれど。
ワンテンポ遅れてへいき。と声が帰ってきた。丁寧さも無い、浮ついている声だな、と思う。身体の向きを変えて僕に背を向けても鳴上さんは歩き出しはしなかった。

「帰れますか、駅まで」
「……ごめん。恥ずかしながら、」

また僕の方に向き直ってそう言う。今度は元のトーンに戻っていた。但し、目をごしごしと擦って眠気と闘っているようだったが。

「いやいや、いいんですよ! 眠そうでしたし……こっちこそわざわざここまで送ってもらって申し訳ないです」
「俺がしたかっただけだから別に。君と話もしたかったし……」
「あの! 良ければ、うちに泊まりませんか? ああ、休むだけでもいいんですけど、喫茶店なので珈琲一杯とか! このまま帰しても不安……というか、えっと……」

不安。そんな言葉を言って違うなと思う。確かに不安なんだけど、年上の人に不安とか心配だと言うのはなんだかおかしいような気がした。けれど、このまま返すのは危ないと本能的に感じる。引き留めようと違う言葉を探していると鳴上さんが何故かニコニコとしていた。照れくさいような笑みだ。

「お言葉に甘えようかな。年下の子に心配されるってかなりな気がする。珈琲一杯貰っても?」
「勿論ですよ」

そう答えて僕もなるべく笑ってみせる。開いた玄関の扉の奥からおかえりという声に僕も返すと、懐かしいなと鳴上さんが声を漏らした。


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