P5 | ナノ



__ 水葬(アル主)


 卵焼きのひとつも焼けないやつだった。洗濯も、掃除も家事全般はできないやつだったし、ひどく口煩いやつだった。でも、欠けるとやはり物足りなくなるもので。引き摺って引き摺って、夏休みにはいった。
 高校三年になってからは受験勉強の日々だった。夏休みは一日十時間勉強しろ。とかそういうのを真面目に守ってやっている。大学には行くつもりだ。目指すは東京の大学。またルブランの屋根裏に居候しようという魂胆だ。
 あいつに思いを馳せることはよくある。勉強の最中も邪魔してきたからだ。あいつがいるとあんまり集中が続かない。モルガナもお前のペルソナは自己主張が強いとかなんとか言って怒らせたことがあったっけ。あの長い爪でつままれてるモルガナは──、はぁ。
 今日はそういうのを忘れる為に来たのにこれだ。駄目だな、俺は。

「いいところだな〜。空気がいいっていうやつだな」
「昔はここでよく遊んだ」
 さわさわと草と草が擦れ合う音とばしゃばしゃと水が落ちる音。目の前には小さな滝があった。ここに来たのは久しぶりだ。昔は大きな滝に見えたけど、今になってみればそこまで広くはない。モルガナが自転車のカゴから飛び降りた。早朝七時の空気は冷たい。深呼吸をして新鮮な空気を吸う。
 滝の方に降りられる階段の前に自転車を止めてモルガナの後に続く。階段の最後の段でモルガナを持ち上げて持っていたレジャーシートを水のそばに敷いてそこに座らせる。川原はモルガナの足には痛いだろうからという配慮に猫扱いするなと怒られるかなと思ったけれど、モルガナは普通にお礼を言った。
 ここに来たのは他でもない。別れを告げるためだ。テレビでやっていた灯籠流しみたいに舟を流して忘れるため。そのために来た。もう半年が過ぎてしまったけど、いつまでも引き摺ってばかりはいられない。モルガナには気分転換と朝御飯として連れてきたけど本当は違うんだ。
 あれ以来。認知世界が崩壊してからアルセーヌは姿を見せなくなった。ベルベットルームも同様に。俺の更正が終わったからなのかよくわからないけれど、とにかく見えなくなった。日々を重ねるごとにアルセーヌのことも正直に言えば薄れ始めていた。存在していたという証明は何もないからだ。頼れるのは記憶だけで、それが嫌だった。もういっそ忘れた方が楽なのではと思う。
 アルセーヌには異世界では助けてもらってばかりだった。そのくせ現実では俺の方が上で。

「──できた」
「それ、笹舟か?」
「そう。モルガナのも作る?」
「ワガハイあの笹がいいな。でかい方が強いだろうからな!」
「わかった」
 モルガナに指定された大きめの笹を近くから引き抜いてまた笹舟を作る。
「できたよ」
「おお! じゃあやっぱり競争だな?」
 頷いて舟をモルガナの手に乗せる。せーの、で流した笹舟は川の流れに沿ってゆっくりと見えなくなった。大きめのモルガナの舟は俺の舟よりゆっくりと進む。それにモルガナは少しガッカリしているみたいだ。
 アルセーヌは、多分だけど、死んではないんだろう。ペルソナは心の海から生まれるらしい。心の海に帰ったと考えれば普通だ。そういえば、契約がどうのとか言っていたから契約が切れたのかも。一年契約だったとか? ならちゃんと言うものだろ。俺のこと嫌いだったのかな。勝手に契約切るなんてペルソナとして恥ずかしくないんだろうか。俺のペルソナのくせにいつも勝手に出たり消えたりしてさ。
 全然駄目だ。忘れられるわけない。中途半端な記憶が自分に毒だ。わかっているけど。
 はぁ。と息を吐き出す。息と一緒に目尻から出た液体を袖でごしごしと拭く。
 らしくない。もう半年経ったのにこんなことを考えているなんてきっと笑われるんだろう。というか、笑ってるんじゃないか?
 あ、なんか、腹が立ってきた。古臭い漫画とか映画の悪役みたいな笑い、処刑されるっていうのに傍にいるとか抜かしてさ。(今も居るなら姿を見せろって)
「バーカ!!」
 大声で叫んでみた。そうするとどうしたんだ?とモルガナがこっちを見上げる。叫びたかっただけ。と言うとモルガナも大トロー!と叫んでいた。昨日マグロ食べたばっかりなのに強欲だ。残念だけど朝御飯はマグロじゃない。持ってきた朝御飯の入った弁当箱を開ける。自分で作ったおにぎりと卵焼き、ウインナーだ。

 アルセーヌは卵焼きのひとつも焼けないやつだった。洗濯も、掃除も家事全般はできないやつだったし、ひどく口煩いやつだった。いいところなんてなかったし、薄情なペルソナだった。あれからずっと心の中でそんなことばかり呟いている。心の海にいるなら言い返してみろ。

「うわ、この卵焼き焦げてるぞ!」

 ……まぁ、俺も卵焼き焼けないんだけどさ。



[back]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -