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__ **匙を掴む(足主)

「力抜いて」
 表情が歪む。それは恐怖の現れだ。かなり優しくしたつもりだったのだけど(こういうことは互いに初めてなのだが)、緊張も恐怖も一向に和らぐことはない。
 抱いてくれと言ったのは彼の方だった。自棄になっていたのだろう。恋人だったわけでもない。好きと伝えられたことはなかった。そう思っているんだろうというのはなんとなく知っていて、それで弄ぶことは多々あった。たまに僕の悪戯で股間を膨らませていることもあったし、そんなことをされても僕のことを避けることも嫌うこともにしなかった。むしろ好意が強くなるのは感じていた。
 そんな彼が憎かった。気味が悪かった。誰にでも優しくしている。きっと、僕にだってそうだ。別に何ら特別ではない。彼が怒ったところも泣いたところも見たことがなかった。そんなところが嫌いだった。なのに、なのに。どうしてこんなことをしているのかわからない。わからなくはない。罪悪感だ。こうなることなど知らなかったから。台無しにしたいとは思ってもない。

 彼が悲鳴をあげた。ボロいアパートだ。隣の部屋に響いてないかと不意に現実がちらついた。怒られたらどうしようと思って口で塞ぐ。触れるだけだ。静かにさせるため。彼も理解したのだろう唇を噛み締める。
 彼の尻に性器を挿入している。本当、なんてことをしてるんだろうか。あれだけ解したはずなのにみちみちと僕を拒んでくる。力抜けっていってんのに、全然だめだ。逃げようとするので肩を掴んで身体を全て沈める。
「っ、あ゛……は、」
 彼は強くフローリングに爪を立てる。それだけ痛いんだろう。証拠に深く呼吸するたびに中途半端に入っている僕のソレをきつく絞めあげる。床の継ぎ目に引っ掛かった爪が赤く染まっていた。
 気持ちよくは、あった。なんだかんだお互い勃っている。僕だって興奮していた。やけに生白い肌が薄く興奮に染まっていて、肌に触れる度に彼はひどく反応する。額に貼り付いた前髪をかきあげてやるだけで、目を大きく開くのだ。
「あだち、さ……ぁ、」
 は、は、と途切れ途切れにくるしい。と一言溢して彼は涙を滲ませる。幸い切れたりはしていないが余程の苦痛が襲っているのだろう。動かしてもいないのに僕の下でこんなに苦しんでいる。君がして欲しいって言ったんだ。僕は悪くないだろう。いや、僕も悪い。罪滅ぼしにこんな、また苦しめている。
「もうーー」
「つづき、して、いいですから」
 やめようか。と言おうとしたのにかすれた声でそんなことを言われた。それから、ひどくしても怒らないから、とまで伝えてくる。怒らないって。君に本気で怒られたことはないし、嫌われたことなどないのに。彼は小さな子が、自分を妹と慕った子が巻き込まれたことに彼も罪悪感を抱いているらしい。責められたいということか。それとも怒られたいのか。
「僕をそんな道具に使わないでよ」
「……な、さっ…あっ、う、」
 これも彼の思い通りだろう。揺さぶられながらひくひくと喉が跳ねる。片手で顔を覆って声を押し殺して泣く。彼の白い喉が目の前に晒される。今ならきっと殺してしまえるんじゃないだろうか。なんて思考が襲う。殺すほどの恨みはない。そんな気力ももうなかった。でもきっと彼なら気付いてしまう。これ以上関わるなと伝えたのに何も伝わらなかった。気付いてしまったら僕はどうなるだろう。
「ーー、」
 肩に置いた片手を首へと持っていく。呼気の荒い彼の脈拍が指先から伝わってくる。彼が疑問符を浮かべた。途切れ途切れに名前を呼んできて、僕の目を見る。××したいなんて思っているのを見透かせる気がしない。ただ純粋で、続けて大丈夫ですかと僕の心配までしてくれる。
 唇を噛む。どうせ殺されるのだって彼にはよく効くんだ。そう言い訳をつけて、何も言わずに勢いよく穿った。ばつん、と音を立て、彼が不意をつかれて声をあげる。聞いたことない声だ。伸ばした片手で目元を拭ってやる。(なに、してるんだろ)
 不意に床に爪を立てていた彼が僕の方に手を伸ばす。また名前が呼ばれ、とてつもなく冷や汗が出る。彼の真っ赤になった目元、濡れた睫毛に瞬きでこぼれる涙。捲れた爪先に、自分の指を伸ばす。指の間に自分の指を通し、握る。捲れて鋭利になった彼の爪が僕の肌を傷付けた。彼が少し身体を持ち上げてキスをしてくる。こんなのまるでーー
 ああ。どうか、この選択が間違いになりませんよう。



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