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__ 眠気とおしゃべり(足主)

 ふと、目が覚めた。部屋の時計は2時44分を指していた。草木も眠る丑三つ時に加えて4の数字が並ぶ。そんな時間に目が覚めてしまったことを後悔する。幽霊とかそういうのは見たことがないから信じていないけれど、不吉な時間だ。だけど、喉が渇いてしまってまた眠れる気はしなくて、渋々と起き上がる。

 今夜はいつもより騒がしかった。叔父さんが部下を連れてきていたからだ。名前は足立さんだったかな。連れてきたのは数回目で今日は二人とも既に酔った状態で帰って来てまた少し飲んで二人とも潰れた。眠った大人を動かすのはなかなか力が必要で、しかも二人となると本当に大変だった。この前は酔いを覚まして帰った足立さんも今日はリビングに敷いた布団で寝ている。足立さんは叔父さんとは違って飄々としていて、よく笑う人(これは酔っていたからかもしれないが)だ。まぁ、でも、俺にとってあの人は少し苦手なタイプだ。稲羽の人はみんな優しい。足立さんも都会から俺より一ヶ月前に来たけれど優しい人だと思う。だからこそなんとなく距離が近くて戸惑うことがある。会話がうまくできないというか、俺がその引き出しをたくさんもっていないだけだけど。
 そろりそろりと部屋からでて音を立てないように階段を下り、居間まで行くとぽたぽたと水の音がした。電気の落ちた居間はしん、として水の音だけが響いていた。耳を澄ませば台所のほうからその音が聞こえるのがわかる。確か、水道は閉めたはずだ。最後に使ったのは俺だったと思う。酔った叔父さんたちに水を渡したとき。それ以降は触ってない。何にせよ水は止めておかないといけないだろう。ただでさえ俺が増えたことで叔父さんの負担は増えている。一歩踏み出す、とガタンと物音がした。
「ひっ、」
 びくり、と身体が跳ねる。冷や汗がどっとでた。内心は慌てていたけれどゆっくりと手探りで近くの電気をつけようとする。だって、幽霊なんかがいたら、その、困るじゃないか。得体の知れないものとか。最近ずっと倒してるシャドウとかが平気なくせに何をいっているんだと思うけど、幽霊は倒せないし。塩がきくのかもしれないけど、生憎敵は台所だ。
 意を決してぱちんと電気をつけると居間が一気に明るくなる。眩しさに目が慣れず何度か瞬きしていると、物音の正体がよく見えてきた。

「あ……、あ、だちさ、ん?」
 名前を呼ぶとごめんね、驚かせちゃった?と足立さんは笑った。キッチンの蛇口の前に立って両手で水を溜めている。
 少しだけびっくりしました。と嘘をつくと足立さんは嘘を見破ったのかお化けに見えた?と笑った。そうだと肯定するのはなんだか恥ずかしくてまたすぐにばれそうな嘘を重ねる。
「いえ、そんな。もう眠っていると思っていたので」
「さっきまで寝てたんだけどね。ほら、目が覚めたら自分の家じゃなかったからなんだか落ち着かなくて。友達の家とかって落ち着かないでしょ?」
「……俺、友達の家に泊まったりしたことないのでわからないです」
「あれ、でも今もおんなじようなもんじゃないの」
「あ、確かに」
 確かに、ここは人の家だ。元々親の事情で引っ越しが多かった。環境の変化には慣れやすいのかもしれない。意識したこともなかったことだ。もうここに来てから一月経ったからだろうか。色々ありすぎて一月前のことはあんまり思い出せなかった。
「……まぁ、堂島さんたち優しいもんね。余所者なのに僕も結構家に呼ばれたりしてさ。お寿司おごってもらったりもしたなぁ。最近はそういうのないけど」
「……そうなんですね」
 そうだよ。と言って足立さんは蛇口から出る水を両手で溜めてまた水を飲んだ。
「……コップ使っても良かったんですよ」
「人の家だから。勝手とかよくわからないし、迷惑かけらんないでしょ。使っていいものとかわからないし」
 そう言いながら口元をスーツの袖で拭う。そしてぱっぱ、とシンクに手についた水を飛ばした。
「手拭き使ってください」
「悪いね」
「いえ……」
 そこで会話が途切れる。足立さんのことはよく知らない。結構遠慮するというか、距離を保とうとする人に見える。叔父さんたちがいるときは優しいけど、なんだろうこの感覚は。掴みづらい感覚がする。大きなあくびをしている足立さんはそろそろお暇しようかなと言った。
「えっ。帰るんですか」
「うん」
「春ですけどまだ外は寒いですよ。せめて朝まで……」
「えー……うん、でもまた眠れそうにはないからさ。明日も仕事だし一度帰った方がいいかなって」
「あ、すみません。引き留めてしまって」
 思わず引き留める声をかけていたことに自分でも驚く。足立さんはそれをやんわりと断ってきたので気まずさもプラスされる。
「……まだここにいて欲しいの?」
「え、いや、そういうわけじゃ。……でもっ、早くでていって欲しいってわけじゃないです。足立さんと少しお話ししてみたいなって、……思っただけです」
「じゃあ、君の話してよ」
「俺の?」
 首をかしげると、頷かれる。足立さんがよく叔父さんが座っているソファーに座った。
「名前、……えっと、せた、くん? だっけ?」
「はい。瀬多総司です。でも、自分のことで特に何も話せることなんてないですよ。得意なこともないですし、大してすごいことなんてできません」
「人のこと知るのにそんなの別にどうでもいいでしょ。自慢話とか好きじゃないし。……えっと、前は都会に居たって聞いたけど」
「■■区に住んでたんです。親の関係で引っ越し続きだったから最後に住んでたところですが」
「へぇ。僕は◯◯区に住んでたよ。君の家とちょっと近いね。両親は? 海外に出てるって堂島さんから聞いたけど」
「二人とも何の仕事をしてるのかはあんまり分かってないんです。すみません。長期の出張が決まったから俺は母の弟の堂島さんに預けられたって感じです」
「親とあんまり会わないの?」
「そういうわけじゃないんですけど。いつも忙しそうで迷惑かけたくなくて。稲羽に来たのも俺がついていくと負担になるかなって……あ。すみません。俺の話ばっかりだ。足立さんは、下の名前なんていうんですか。足立さんの話、聞かせてください」
「僕? 透って言うんだけど、わかるかな。透明のとうって漢字。うーん、僕の話かぁ。あんまり面白くないけど……」



 背中の痛みで目が覚める。身体を伸ばすと背中が悲鳴をあげている気がした。身動ぎしたことで上にかかっていたらしいブランケットがずり落ちる。目を開けると自分が居間の床で丸くなっていた。
「ん、起きたか?」
「……おはようございます、?」
「相変わらず朝が弱いな」
 ぼんやりとしていると叔父さんがこちらを向いてそう言った。ああ、そうだ。足立さんと話していたはずだけど、いつの間に寝ていたんだろうか。
「足立さんは……?」
「もう出たぞ。俺も今から出る。お前たち二人で丸くなって寝てたぞ」
「えっ」
「ねこさんみたいだったよね、おとうさん」
「……そうかもな。ほら、顔洗ってこい」
 二人とも寝落ちてしまったんだろうか。よく覚えていない。話していた内容は覚えていたけど。足立さんは足立透って言って、話上手だった。俺がしどろもどろに話しているとちょうどよく誘導してくれて、質問してくれたりした。足立さんは料理はしないらしくて、間食もあまりしないんだとか。度々笑ってごまかす癖があることと、めんどくさがり。色々知れたけど、また話したいなと思う。次会えるときはいつだろうか。



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