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__ 向けられると弱い(足主)

「…………」
「足立さん、起きたんですか」
「……うん」
 眠りから覚めるとすぐ近くで彼が本を読んでいた。僕が起きたことを見つけると水を取りに行ってきますと台所に歩いていく。それを見ながら息をついた。時計が四時を指している。結局学校をサボらせてしまった。
 僕の仕事が休みだって聞いてわざわざ学校を休んだ馬鹿は僕が気をきかせて寝たのにそれがわからなかったらしい。相手にはもうしないという意味だったのだけど、律儀に待ってるなんて。……いやぁ、まぁ。うん。こうして僕のためだけにそうしてもらえるのは嬉しいちゃあ嬉しいけど、そこまでする価値の人間でもないのになぁと思う。付き合ってるからとか一緒にいられる時間が短いからとか色々理由はあるんだろう。彼が追っている犯人が僕だということがなければもっと素直になれたと思う。……いや、どうだろう。よくわからない。付き合うことになったのもただの暇潰しでしかなかったのにこうやって感情が揺さぶられるようになった。失敗だったのかもしれない。いい子ちゃんの彼が僕のことを好きになって、最初はただ面白かったんだけどなぁ。最近はなんだか流される事が多い。なんというか、心がぐにゃぐにゃになった感じがする。自分でも説明がつかない事態だ。こんなはずでは無かった。それが一番当てはまる。

「汗かいてますよ」
「ああ、……うん」
 掛けられていた薄いタオルケットを動かしてベッドの縁に腰かける。顔を拭おうとするとタオルを差し出してくれた。手渡された水には氷が入っていてよく冷えているし、用意周到で至れり尽くせりだ。前に君にはいくら払えばいいの。と言ったが本当にそう思う。突然高額請求が届いたらそれはそれで困るんだけども。
 彼はベッドのサイドフレームに背をくっつけた。あっちこっちで有名な彼はばれないように変装(パーカーを着てフードを深く被るというむしろ怪しい格好)をして来てくれた。で、半日くらいだらだらと一緒に過ごした。テレビ見たり、彼が作ってくれた炒飯食べたりだ。僕にとってはぐだぐだと半分寝て過ごすのは休日の過ごし方なんだけど、彼にとっては無駄な時間な気がしてならない。学校を休んでただごろごろするとか、勿体無い。もらった水を飲みつつ、帰ってても良かったのに。と言うと悲しげな顔をされる。すぐさま罪悪感が全身を駆け巡り、髪をがしがしとかく。あーホント、こういう感情が沸くなんてどうかしてる。殺して欲しい。何もかも。

「寝る前も言ったけどさぁ、付き合ってるからってなにもここまでしなくなっていいんだよ」
「付き合うの初めてだからよくわからないんです。何かしたくなって、じっとしてられなくて。……こういうのって足立さんの方が詳しいんじゃないんですか? 彼女が居たって言ってたし……」
「あー……うん」
 言葉につまる。前についた嘘がここにきて首を絞めてしまった。見栄を張るものじゃないないな。記憶力もいいし、顔もいい。気配りもできる彼に劣るのは気分が悪くてついた嘘だった。これが回り回ってこうなるとは。彼と付き合うまで人と付き合ったことなんてなかった。仕事が忙しかったし……っと、これは言い訳か。
 空になったコップを受け取って彼は近くのテーブルに置いた。そして、すみません。と一言謝った。彼女の話をしたくないと思われたらしい。違うんだけど、そういうことにしておく。
「……まぁ、相手が休みだからって仕事放り出して傍にいる子なんていたことないかな」
 また嘘を重ねてしまった。他人より優位に立ちたがるのは悪い癖だ。
「嫌いってことですか」
「嫌いっていうわけじゃないけど、君は学生でしょ。そうやって時間を消費するのはどうかなってさ。あ、だからって僕の休みにケチつけないでよ」
「わかってます。足立さんのような人がいるから俺たちも安心して眠れるんですよね」
 そんなことを言う彼がまぶしい。何も知らないからそう言えるんだろうが。彼から見た僕はいい刑事さんなのだっけ。実際はそうじゃないんだけど。それはどうも。と返事をする声は浮かれている気がして気持ちが悪い。そんなこと彼にはわからないので彼はにこりと笑った。それから、
「……あの、傘借りてもいいですか」
 と言いずらそうにゆっくりと言った。ああ、帰るのか。と思うと途端に惜しくなる。
「外は雨なの?」
「はい。天気予報じゃそう言ってなかったんですけど。だから借りていいですか。そろそろ帰らないと」
「……傘なんてないよ」
「玄関にあるじゃないですか。知ってます」
「あるけどないの」
「なんですかそれ」
「君に貸す傘はないから」
「ひどいことを言いますね。傷付きます」
「ひどくて結構。もう少しここにいなさい」
「……先生みたいな言い方だ」
「返事は?」
「……はあい」
 あんまりにも思い通りに働いてしまって口の端がぎゅっと持ち上がる。あはは、と堪えきれず笑うと何かおかしいですか?と眉を寄せた。可愛いなんて間違っても言えないので体勢を崩して枕に顔を埋める。
「なんにもないよ。僕といて楽しいの?」
「楽しいですよ」
「へぇ。そう」
 そっけなく返す。それはそれは。いいことだ。本当は素直にそう言われると嬉しくて嬉しくてたまらない。胸のうちが熱くなる。向けられる好意が眩しくて、気持ちがよくて。けれど、舞い上がると抱え込んだ秘密を全て教えてしまいたくなる。生温い関係は時々不安だ。このままだと彼は一生後悔するんじゃないか。それでも好きだと言ってくれたら笑っちゃうかもな。数ヶ月しか一緒にいないのにね。
「……足立さんは俺といて楽しいですか」
 そう言って彼は立ち上がって僕に目線を合わせるようにしゃがむ。視線が突き刺さるので耐えきれなくて起き上がる。彼がこちらを見て、回答を待っていた。僕は一呼吸おいて小さく返答を返した。……なんでこういうことばっかり言っちゃうのかな。本当、こんなはずではなかったんだ。
 表情なんて見たくないので台所へと足を進める。コーヒー淹れるけど、飲む?という声は自分で言ったくせに動揺が隠せていなかった。



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