P4 | ナノ



__ 微睡む夢の縁(足主)

小さい頃から親が居ない事が多かった俺は誰かと眠るという事が無かった。ひとりの部屋で、ひとりで両親にお土産と称されたペンギンとかうさぎとかねこのぬいぐるみに囲まれ眠る。時にはそれを抱きしめて眠った。それが俺の習慣だった。別に寂しいとか、悲しいとかは思ったから抱きしめていた訳じゃないと、思う。あまり覚えていない。というのは、習慣になり過ぎて何となく落ち着かなくなっていたからだ。
最近になってこの歳になるまで続いているこの習慣というのはかなりやばいものなのかもしれない。と思い始めた。両親の海外転勤が決まったからだ。一年だけ他の人(とは言っても母方の叔父らしいが)の家に住むことになった。荷造りを始めたことでようやくそれに気付いた。恥ずかしながら。
そして今、それらの前で腕を組んで思考している。
……果たして、この長年の友ペンちゃん、うささん、ミケさんを連れていくべきなのか否かを。



ぱち、と目が覚めると相変わらずの赤と黒が目に入る。ベッドの上だという事に安堵した。悪い夢を見ていた気がしたからだ。
きっぱり分かれた縞模様がどろどろと流動する空は見ているだけで疲れてしまう。ごろりと横に体を動かす。また良く眠れなかった。ぐらぐら頭は揺れて、だるい。起き上がるのも億劫だった。この世界もいよいよ終わるみたいだけど、終わらない気もしている。彼らが何とかしてくれるんじゃないかとか。(薄々、)
……いや、僕はこんな世界なくなった方がいいと思ってるし、期待とかしてない。全員シャドウになるなら不公平とかそういうのはない。僕はテレビに入れただけでこの惨状は僕が引き起こしたわけじゃないし。多分だけど。

この世界では時間は役に立たない。腕時計だけが頼りだけれど、正確であるかは定かじゃない。泥のような睡眠のせいで余計に怪しい。もし正確であるならテレビに逃げ込んで7日くらい。つまり一週間。文字にすればあっという間のようなそうでないような。ここに居なければ長いとは思わなかったかもしれない。仕事に追われていたかも。それはそれで嫌だ。
現在午後三時半過ぎ。そろそろ彼らが来てもおかしくない時間。学校が終わって僕を捕まえにこのダンジョンに潜りに来る。その時だけが退屈じゃない時間だった。
寝転がったベッドから垂れ下がっる僕の腕をきゅうきゅう、とシャドウが引っ張る。
「来たの?」
そう尋ねるとさっきより強く引っ張られた。肯定の意味だと僕は捉える。

……彼は眠れない夜を過ごしているのだろうか。いや、別に眠る相手なら彼には沢山いるんだろう。うまく眠れないのは僕だけだ。



11月。
雨も降っていないというのにずぶ濡れの彼は家の前まで来ても遠慮の言葉ばかりを並べていた。泊まりたくないの一点張りで。
「お風呂はお借りします、お言葉に甘えて。でも、泊まるのは……」
「なんで? テレビが見たいとか?」
「……そうではなくて。学校、が」
「明日は日曜日だけど」
「…………」
彼が口を噤む。僕が掛けてあげたコートを握り締めて、下を向く。かちかちと歯の噛み合わない音が彼から出ていた。寒そうだ。僕も靴と靴下とズボンの裾は濡れていて寒いけれど、彼の方が重症だった。
何が何でも帰ろうとするのは遠慮なのだろうか。下手な言い訳をしては僕に返り討ちに合うやり取りを繰り返していた。
風呂に入れてまた家に帰す。確かにそれもアリなのだろう。しかし、その間に外の風で熱が出たら堂島さんになんと言われるか。彼が平気と言うともしかすると平気なのかもしれない(そんな気もしてくる)が他のもしかする可能性もある。日付も変わっているので男だとしても未成年を外に出すのは危険だと思う。流石の僕でもそんな非道なことは出来ない。さてさて、どうしたものか。

……とりあえず、こうなった経緯でも。
一時間前くらいのことだ。堂島さんが事故に遭ってからというもの、仕事は大量で。捕まえた生田目の取り調べだとか色々やることが山積みだった。その日は日付を跨ぐか跨がないかくらいで、おまけに朝から寒かった。引っ張り出した黄色のコートの端を寄せて鮫川を歩いていた時、ばしゃんと水の跳ねる音が聞こえた。田舎は夜になると明かりがなくなる。だから、川の様子なんて見えっこない。川の魚が跳ねただけだろうと誰しも思うだろう。真夜中なのに気味が悪いなぁとか思って。けれど、その後連続してばしゃばしゃと水音が鳴り続けていたら別だ。「助けて」なんて消えかかりそうな声がおまけについているのならより。
只事では無いと思って反射的に鮫川の土手から階段でかけ降りると案の定人が溺れていた。見知った人間だということがより僕を急かしたのかもしれない。常時の僕ならこんなことをしないだろうに、冬の川の中へ足を入れて彼を救出した。
コンクリートに置かれていたクーラーボックスと放り投げられた釣竿から見ても分かったことだけれど、体勢を崩して落ちたのだという。ドジをして死にかけたということだ。前から彼がここのヌシを捕まえようとしていたのは仕事をサボっている時に聞いていたけれど、僕が通らなかったらどうなっていたのやら。

そして冒頭へ戻る。

とうとう折れた(というか諦めた)彼は僕の部屋に入ってきた。そうして、彼を先に風呂に入れて、それから僕が入ってそれで今だ。彼は終始あわあわ、きょろきょろと部屋の中を見渡している。思えば、部屋に入った時からそうだった。居心地が悪いのだろうか。それは分からないでもない。何処に目をやっていればいいのか、余計な行動をしないようにとかなんとかって堂島さんの家に来た時はそんな感じだったと思う。挙動不審。
「……あの、」
「ドライヤー?それなら無いけど」
いや、とか口篭る。みるみるうちに耳が赤くなった。着るものが無い彼は僕のTシャツを着ている。彼の方が体格がいいので見ていて少し気分が悪かった。
劣等感というか、なに、なんなの? さっきから!
痺れを切らしそうになりかけた時、彼は口を開いた。
「今日! いっ、いっしょに寝てもいいです……か、」
「は?」
一体なんの話だ。寝る? 彼と?
「や! あの、クッションとかがあればそれでもいいんですけど」
「……部屋きょろきょろ見てたみたいだけどそういうのは目に入った?」
「はいら……ない、です」
彼は慌てて修正して、僕の答えにしおしおと萎れた声を出す。本当に何の話だか。
「ねぇ、何の話してるの? 泊まりたくない理由はそれ? というか君男が好き?」
「お、おとこが好き!? ななな、何言って! 俺は、あの……、人が居ないと寝れないというか……! わ、笑わないでくださいよ、深刻なんですから!」
「じゃあ何? 君、いつも堂島さんと菜々子ちゃんと寝てた?」
「……時々ですよ! 時々! 菜々子がせがむ時だけ。あとは自分の部屋で寝てます。その時はクッションとかぬいぐるみとか、と…ああ、もう……」
彼が頭を抱える。しゃがみこむと髪の毛からぽたぽたと垂れた水滴が床を濡らした。僕に選べる選択肢は無いんだろう。僕の面子の為にも、彼の為にも。彼を鮫川で見つけて部屋に呼んだのが運の尽きと言えばそうなるのか。



疲れた。すごく。今度こそ死ぬんじゃないかと思った。花畑も見えかけた。
若干ふらふらとしながら足立さんに近寄る。仲間には二人にさせてくれと言って。いい顔はしていなかった、と思う。特に花村が。
「つっよいよねー君……、僕の中のなんかよくわかんないのも倒しちゃったんだ」
「正直、死ぬかと思いました。足立さんも強いですね。……それで、11月の時はありがとうございました」
これが二人だけで言いたかった事だった。11月、俺が鮫川で溺れた時から足立さんとはずっと寝ていた。俺の家だったり、足立さんの家で。文字通り……いや、言葉通りの睡眠を取るための。
俺はこっちに引っ越してきた時、結局ぬいぐるみを連れては来なかった。で、見栄を張って痛い目を見た。初日から霧の中をさ迷う夢を見て、眠れない夜を過ごしてからというもの部屋にあったクッションを代わりとしてようやく眠れるようになった。それからすぐに林間学校がやってきて花村と寝てからというもの、人の温もりというのを覚えてしまってからは大変だった。菜々子が、という理由を使うのは罪悪感の塊だった。叔父さんと菜々子と一緒に眠るのはよく眠れたのだけれど。
「……もう寝れるの」
「実はまだ。あなたがいないともうダメかも?」
「それは困ったなぁ。テレビから出たら一緒に逃げる?」
へらへらと足立さんは笑う。嘘なのは分かっているようだった。ふざけて名案だ。なんて言いかける。それは出来ないことだ。足立さんも望んではいないのだろうから言わない。
「……嘘を付きました。一人でももう眠れますよ」
「そっか」
「あ、足立さんにも教えてあげます。俺が1人で眠れる様になった理由」
同じ空の下に居るからです。そう言って俺は笑って見せた。俺が最終的に出した答えで、無茶苦茶な理屈だ。でも、実際これで眠れている。自己暗示的なところもあるのだろう。
ぽかんとしている足立さんが何か返そうとする前に仲間を呼んだ。一人じゃやっぱり持ち上がりそうになかったからっていうのもあったけど、理由はあと幾つかあった。すぐに花村がやってきて足立さんの右に来て支える。
もう言葉は交さなかった。


[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -