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__ *ご都合主義につき、悪い事は起こりません。(足主)

稲羽の11月頃の足立さんと10年後の主人公と
お題「似合ってないね」/ 薬

まるで夢のように場面が一転した。先程まで靄の中から少年率いる正義のヒーロー達が悪の第二形態と戦っていたのを見ていたはずだったのだけれど、目の前には茶の扉があった。貼り付けられたくすんだ金の数字は301と見て取れた。徐ろに取り付けられているドアノブを捻る。人の家だ。というのは流石に理解はしていたけれど“そう”するべきだと何かしらが語りかけていた。
ぐる、と一回転したところを見ると鍵はかかっていないようで扉を引くと4,5センチ開いた所でガリッとかギっとかいう金属音を立てて止まった。恐る恐る開いた先を覗き込むと奥からぱたぱたとスリッパを引っ掛けた青年が出てきた。特異な髪と同様の色をした切れ長の目を持つ青年は足立を見るなり表情を変えたように見えた。
「……二度と帰って来るなって言いましたよね。何ノコノコと帰ってきてるんですか? 今日は家に入れる気はありませんから」
青年はそれを言うなり扉を閉めようとし、足立は思わず反射的にその隙間に足を入れた。青年は躊躇いもせず足立の足ごと扉を閉じようと試みる。
「待てって、……ッ、痛……」
「待つ? 何故?」
「何の、話……」
「ここまで来てとぼけようと? 有り得ませんね、俺が怒っているという事がわ、か……」
青年が言葉を詰まらせる。足立はそれを怪訝な顔をしてのぞき込んだ。
「 、あ、あの……失礼ですが名前と年齢とご職業を……?」
「足立透、27歳、刑事だよ」
聞くや否や目の前の青年がチェーンを外しながら溜息をついた。呆れられたような、歓迎をされていないような態度に些か気分が悪いが、それもすぐにわかることになる。
「すみません。どうぞ。少し、というかかなり散らかしてますけど」
青年が大きく扉を開いてみせるとその惨状は良く見えた。部屋に面した扉にはベッタリと透明の液体が滴り、すぐその下には卵の殻だ。それを踏まないよう避け、革靴を脱いだ。青年の出した緑の来客用と思われるスリッパは新品のように見えた。
「足立さんって変わらないから困りますね。判断が付かない」
「そういう君は身長が伸びたんじゃないの。今何年?」
「今ですか? 2021年です」
「きっちり10年後か……」
独り言のようにそう呟くと青年は目を丸くした。そうして、少しだけ唇を窄める。見た事のある足立は思わず口角が上がる感覚を覚える。
進む廊下にも同様、間隔を空けて卵の殻とその中身が垂れていた。ほぼ1パックを使ったと思われる廊下のこの惨状を青年は諦めているのかそれを踏み潰して堂々と廊下の真ん中を歩いて足立をリビングへ招いた。対して、廊下の卵を避けながら進む足立は遅れてリビングに入る。リビングも同様に観葉植物が倒れ、朝ご飯になる筈であったのだろう牛乳やフルーツが吹き飛んでおり、荒れ放題なことに足立は驚きはしなかった。
「訳の分からない事が起きてるのに大して驚かないんですね」
「驚いてる。この惨状にも。これまたどうして10年後の君と歩いているんだろう。どうしてこんなにも部屋が散らかってるのかって。あ、ちなみに、ここ僕の家?」
「あなたの家兼俺の家です。あなたが来たっていうのがどうしてかは俺もよく分かってませんから聞かないでくださいね。俺も結構驚いてますから」
そう青年が周囲に散らばった陶器の破片を足で捌きながら言う。ほんの一部だけが割れたマグカップにプリントされた黒猫と目が合った様な気がし、足立は顔を顰めた。これが青年のものなのか、果たして10年後の自分のものなのかは知る由もないが自分があの少年と暮らすことになる事に大した違和感を感じてはいなかった。青年は椅子を引いて足立に座る様に促した。テーブルの中央にはざっくりと雑誌を貫通した包丁が突き刺さっている。
「驚いてるっていう割には君、落ち着いてるんじゃない」
「不思議な事には慣れてますから。あなたもこれから先たくさん体験しますよ」
「……そう。楽しみにしておく」
おとなしく足立が椅子に腰をかけたのを見ると、青年は満足そうにキッチンへと向かった。


「……聞かないんですね、十年後の俺との関係とか」
ほう、と足立と対面する青年がマグカップを口につけ、熱い息を吐いた。中身はコーヒーで、足立好みの味がした。テーブルの上の惨事はあらかた片付けられ、皿の上には菓子がいくつか乗っている。足立はそこから棒状のクッキー生地にチョコレートがコーティングされた菓子をつまむ。10年経っても味は変わりない。
「その指輪が何よりの証拠でしょ。かなり深い関係だ。君が既婚者じゃなければの話」
足立が菓子を使い、青年の左手を指すと青年はくすくすと笑う。そっと指摘された左手の薬指を撫でる、その壊れ物を扱うような仕草を見れば余程のことが無ければ足立の考えは間違いなど無いのは明らかだった。
「ふふ、流石刑事さんです」
「似合ってないね」
考えうる可能性が当たった足立は乱暴にそう言った。足立自身、青年の指にはまったシンプルで飾り気のないものに似合っていないとは思ってもいなかったが、認めるのは些か嫌な気分ではあったのだ。それに対して青年は快活に笑う。
「あの人も同じ事を言ってました。でも、すぐに慣れますよ。生活するのも、指輪も、何もかも」
「こうやって喧嘩するのは?」
「……これは、初めてです」
「……そう」
「でも、いい薬ですよ。初めてこんなに喧嘩したと思います。この年になって大人気ないですけど。この部屋賃貸なのでそういうのも考えたくないですけど」
青年が少し困った顔をして菓子を掴み、齧る。足立も菓子の乗った皿に手を伸ばす。口に入れたポテトチップスはよくわからない味がした。
「どっちが悪かった?」
「両方です。俺が仕事で仲良くなった方から貰ったラグが悪趣味だからって捨てられたんです。それに腹が立って俺が足立さんのモデルガンを勝手に捨てて、それからはこの通りで」
「……二人とも馬鹿だね」
「だからこそ上手くいくのかも」
「やだねぇ、未来の君達。牙の抜かれた獣みたいで。あ、そろそろもう一人の馬鹿から電話が来るんじゃないかな」
足立が椅子から立ち上がると、青年のポケットから電子音が鳴り響く。
「本当に来た……!」
わっ、と声を荒らげ、信じられないと言った目で青年は足立を見た。それに足立は得意気になる。
「僕は僕だからね。多分今日の夜ご飯何?だよ。じゃ、僕はお暇させてもらうね。さよなら」
「ええ。お気を付けて」


「…………、」
さらりとしたベッドシーツの手触りと肩にかかる厚めの毛布の感覚で足立は目覚めた。外は霧のせいで日が昇っているのかそうでないのかはわからないが、寝すぎた。という事だけは体の怠さから理解した。起き上がる事もせず目を開けたままぼんやりとしていると声が掛かってくる。
「あ、起きたんですね」
「……、ああ、君……。でんわ……出られた?」
「電話?」
少年が首を傾げてみせる。足立も何故そんな事を言ったのかよくわからなかった。
「あー……、いや、なんだっけ……」
そのまま半身を起き上がらせると左足が悲鳴を上げた。顔を顰め、畳んだ足を上半身に寄せると少年が布団を剥がす。
「足ですか? 捻ったんですかね」
「いいよ、面倒だから。それよりちょっと」
「はい……? って、わ!」
手招きをした足立の手を取ると少年はベッドに引きずり込まれた。そうして、足立は少年を脚の間に抱え込む。
「……どうかしたんですか? 変ですよ」
唇を少しだけ窄める少年にどうしてか足立は嬉しくなった。少年の肩に顎を置く。
「何にもない。じっとしてて」
「頭を打ったとか」
「無いよ」
「おかしいですよ、こんなの」
「すぐに慣れる」
「慣れる前にあなたは居なくなるでしょう」
「黙っていたらいいんじゃない?」
「俺が出来ない事、知ってる癖にそういう事を言わないでください」
「それでも揺らがない癖にね」
「いたた、でも、罪はちゃんと償ってもらわないと」
肩に重くのしかかる足立に少年は声をあげたが、嫌がるそぶりは見せずにただ動かず、回された手をそっと握る。
「きたない男はいらないって?」
「そうじゃないですよ!」
「分かってる。痛いの嫌だから手加減してよね」
「善処しますよ」


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