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__ 赤く塗る(足主)

 自動ドアが俺を認識して透明な板が左右に開いてくれると、一気に涼しい風が身体を包み込んだ。もう少しここで涼みたい。そんな事が頭をよぎるがそうも言ってはいられなかった。仲間はもう集まってしまっているかもしれないからだ。暑いところで待っていてくれるのに俺だけ涼むのは申し訳が付かないだろう。気にしないでなんて彼らは言うだろうけどそれは俺を気遣っての言葉だ。
 今回の目的はりせのダンジョンの最上階にいるボスの討伐だ。りせが正式にメンバーとして加入してから初めてのテレビだから無理に登る必要は無いけれど、行けたらそこまでを目指したい。
 右肩にかけた剣道の竹刀袋を左にかけ直してエレベーターが来るのを待つ。中身は本物の刀なだけあってずっしりと肩に負担をかける。とその反対側の左肩を叩かれた。振り向けばひょこひょこと跳ねた髪をした……まぁ、いつもの如く足立さんだった。今日も今日とてサボりというお仕事をしているのだろう。

「ああ、足立さん。こんにちは」
 あまりにも素っ気ない挨拶に足立さんは少し戸惑った表情を浮かべて挨拶を返した。そこで俺はなんとなく空気の悪い気分になる。本当は視界に入っていたけれど、俺が気づかないふりをしていたからだ。無視をしていたのを気に触ったんじゃないかと不安が俺の気分を悪くする。こちらは予定がある手前急いでいたし、あまり長々と絡むわけにはいかないのでそうしただけだという言い訳を浮かべるが、挨拶くらいすればよかったのかもしれない。
「……あの、どうかしたんですか」
「いやぁ、君も学校サボりかなぁって。そしたら僕とお揃いでいいなぁーとかって思って?」

 溜息を押し留める。 ……ああ、もう。めんどくさい。まるで訳の分からない子供のような言動だ。お揃いでいい? この人は別に外暑さで頭が茹で上がってしまったのかもしれない。叔父さんにはあまり無理させるなと言った方がこの人の為だろうか。なんて考える。本当は真意なんて分かっているけれど。
 経験から言うとこういう訳の分からない時はろくなことが無い。なにか企んでいるから足立さんはこうしているのだ。簡単に言えば俺のご機嫌取りだ。俺は流されやすいし、俺がお揃いとか似通った点があった時に喜ぶからやっているのは分かっていた。目的なんて言うまでもない。気を良くさせておいて喰らうつもりでいるのだろう。前はそれに引っかかって──、……溜息が出そうだ。

「……サボりじゃないですよ。他にも八高の人がいるのわかっていますよね、あなた」
「海の日でしょ。知ってる。祝日も仕事って何なの? おかしいと思わない? 家に帰りたいね」
「俺に言わないでください。どうしようもないですから」
「明日も仕事なんだよね」
「俺だって明日は学校ですよ」
 あまりにも不毛な話にお互いなんだかやっぱり我慢していた溜息が出た。今日は足立さんの家に行く気はない。そこでやる事だって分かっている。数十分じゃ終わらない行為。足立さんはすぐにまた仕事に出られるかもしれないけど、俺は負担が足立さんに比べて大きい例のやつだ。
 別に、俺だってしたくない……わけでは、ないけど。だって、二週間もしてない。それに、足立さんがいないと何となく物足りないし。……何となく。うん。だけど、今日は予定がある。優先すべきがどちらであるかなど、明確だ。

「あの、もう行っていいですか?」
「なんで? もう少しお話しない? というかうちに来ない?」
 最早遠回しでなくダイレクトな誘いだった。上乗せして足立さんはアイス買ってあげるよ。と幼い子供を誘拐するための良くある手口のようなものまでくっつける。空調は効きすぎているのに滅多に無い足立さんの態度に頬が火照るし、視界がなんとなくくらくらとする。何にとは知らないが頷いたら負けだと気を確かに持って足立さんを見る。

「いや、友達を待たせてるので」
「ジュネスの屋上でいつものメンバーでしょ? 遊ぶんだ? 僕を放ったらかして?」
「……めんどくさい人ですね。そうです。あなたを放ったらかして俺は友達と遊ぶんですよ。だから……」
 祝日で人も多い声を荒らげるのはあまりしたくなかった。埒が開かないと横をすり抜けようとすると手首を掴まれる。足立さんの手はひんやりとしていた。空調のせいかもしれないとかそんな変なことを考え、何時頃からサボっていたんだろうとを考えて久しぶりの接触にどきりとしたなんていうのは頭の隅へしまう。
「待ってよ」
「なんですか」
「僕を倒さない限り行かせない」
「退いてください。大人が恥ずかしいと思いません?」
「思わない」
「あなたに暴力は振りたくないです」
「それは僕のこと好きだからなの?」
「公務執行妨害で逮捕〜とか言って家に連れ込むつもりでしょう? だからしないだけです」
 舌打ちは聞き逃さなかった。今日は俺が一枚上手らしい。だが、そこで諦めないのが足立さんだった。

「……キスさせてくれたら退く」
 もう一度溜息を吐く。やれやれ。やれやれだ本当。溜息は幸せを逃がすと言うれど、今日の俺からはどんどん幸福が逃げていく。今日探索で何かあったら足立さんのせいだ。
 ──でもまぁ、キスならいいか。それで逃がしてくれるなら安いものだ。

「……キスだけなら。あ、頬ですよ。それと、人気の無い所で。痕を残すのも無し。そのあとは真面目に仕事に行ってください」
「あー、わかった、わかった。じゃあ、とりあえず外ね」
 ようやく頷いた足立さんにほっと息を漏らす。これは溜息じゃない。安堵だ。こっそりと携帯を開けばもう集合時間はとっくに過ぎて、『相棒大丈夫か?』というメールが届いていた。屋根はあるけれど炎天下の中待たせていることに罪悪感が込み上げる。『ごめん。もう少しで着く』と急いで送信して足立さんを追いかけた。
 振り返ればここで無視してエレベーターでも階段でも登っていれば良かったというのに全く気付かなかった時点でもう蜘蛛の巣にはかかってしまっていたのだろう。



「早くしてください」
 肩にかけた竹刀袋を反対の肩にかけ直す。本当に早くしてほしい。あからさまにイラついた声を出すと足立さんはニヤニヤと笑った。
 やってきたのは駐輪場の隅だ。人気のない場所に足立さんは詳しいんだろうか、屋根のついた駐輪場は陰になった場所で人気はない。人が来る前に済ませてほしいと思いながら周囲を見渡す。
「催促してくれるなんて嬉しいな。僕からいくからとりあえず目を閉じて待っててよ」
 言われた通り目を瞑る。視界を塞いだことで蝉のやかましい音が耳に入り込み、暑さで吹き出た汗が背中を伝う感覚がはっきり伝わってくる。
 何分待たせるつもりなのか、足立さんは一向にキスをしてこない。時間の経過も曖昧でこのまま足立さんが目を開けたときいなくなっているのかもなんて思ってしまう。あの人の目的を考えればそれはないと言えるが。

「あの。足立さん、まだです──」
 催促するなんてキスして欲しがっているようで気が引けたが、言葉が言い終わる前に足立さんは俺の目を手のひらで覆った。そして、右頬に薄い肉の当たる感触と軽く吸い付かれる感覚が襲う。
「……目、開けていいよ」
 視界が開けると若干の眩しさで目の前が霞む。その中で白が見えた。それで口元を拭い、はっきりと見える前に足立さんはそれをしまって、満足そうに目を細めた。
「……なんなんですか? キスしておいて。俺のこと嫌いなんですか?」
「いやいや、そういうことじゃない。君の事は大好きだよ」
「嘘っぽい」
 俺のその言葉に本当だよと足立さんは言う。それもやっぱり嘘らしく聞こえた。
「ほら、いってらっしゃい。僕はお仕事しなくっちゃね」
 足立さんはばいばい。と手を振って駐輪場から離れていった。



「先輩遅いっすよ!」
 フードコートについたとき、俺に初めに気づいたのは完二だった。悪かった。と言葉にして謝ると、りせたちが何故だかそわそわし始め、きゃあとか、わぁとかいう声に溢れる。
「せ、せ、先輩! 誰にやられたの!」
「……何の話だ?」
「き、君にそんな人が居たなんて……!」
「センセイ、誰かにチッスされたクマか?」
「……どうしてだ? クマ」
 キスのことをどうして知っているんだろう。と首をかしげると、花村は立ち上がって驚いた声をあげる。
「いやいやいや! なんでそんな冷静なのお前!」
「ねぇ、見て。ほっぺたのところ」
 天城が手鏡をこちらに向けた。右頬にべったりと紅い痕。鬱血で出来たものではない。綺麗なまでに唇の形を俺の頬に残している。
 足立さんはあの時口元をティッシュで拭っていたんだろう。キスをするのがやけに遅いのはそういうこと。手鏡を見ながら言葉をなくしていると、仲間も何も言わずこちらを見ている事に気づいて一気に紅潮する。
「せ、先輩? 落としてあげよっか? あ、そのままでいいなら……あの……」
「……頼む、りせ」
 落としてくれ。とかき消えそうな声が本当に惨めで仕方がなかった。そんな目であんまり俺を見ないで欲しくて、顔を覆いたくなる。今にも消えてしまいたい気分でいっぱいだ。

 頬のそれをりせに落としてもらったその後はその件に関して(ちらりちらりと気にするそぶりを見せる花村を除き)そっとしておかれたのは言うまでもない。それよりもりせの初ナビの方に意識が行っているようだった。
 俺といえば目に見えるミスは少なかったけれど、まぁ、当然、頭の中は足立さんでいっぱいだった。あんなことをされて正気でいる方が無理だ。きっとどこかで笑っているに違いない。でも、その時は足立さんも俺のことを考えているとするならば、それならいいかなんて思ったりもしないでもない。
 もしかするとアイスを買ってもらえるかもしれないし、帰りに足立さんの家にでも寄って行こうか。
 あくまでも、アイスのために。



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