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__ 言うほどのことではないのだけど(足主)

お題:クリスマス

 また来たの。そう言いたげな目にはもうすっかり慣れてしまった。いつもの屋根のないテーブルが一台と畳だけ敷かれた空間に足立さんは胡座をかいて座っている。テーブルの上にはどこから持ってきたのかわからないマグカップから湯気が立っている。
 血液をぶちまけたような赤い空が広がり、周りに瓦礫が積まれていて何もかもが破壊し尽くされたようなここでは傷ひとつない畳とテーブルは異質だ。そんな空間に俺は靴を脱いで足を踏み入れる。足立さんはこれを拒まない。それが毎度のことながらに嬉しかった。隣に座っても足立さんは何も言わない。持ってきた箱をテーブルにそっと乗せる。
「なにそれ」
「ケーキです。今日、クリスマスイブだから」
 もうそんな時期か。と足立さんは自嘲気味に笑う。この世界には昼も夜もないから時間の感覚がよく分からないらしい。俺がここに来たのは三日ぶりだったから余計に感覚を失ってしまっているみたいだ。箱の中には一切れのケーキをいれていた。三日来れなかったのはこのためだ。テレビに入るときの落下で生クリームも苺も若干崩れてしまっていたけれど味には自信があった。三日ケーキばかり食べていたから間違いない。大丈夫だ。
「……毒とか入ってないよね?」
「入ってないです。入ってるのは俺の気持ちです」
「恥ずかしい台詞言うなぁ」
「じゃあ、砂糖と生クリームとイチゴ、その他色々です。どうぞ」
 フォークを足立さんに差し出すと毒とかいう癖に躊躇いもなくケーキに突き刺した。口に運べばおいしいよ。と感想をくれる。自然に口許が緩んでいく。

「──そういえばさ、僕のこと好きなんだっけ」
「……えっ、はい」
「そもそもさ、好きってどんな気持ち? どんな感じで好き? 君が来なくて退屈だったから考えてたんだよね」
「どんな……って、ええと……」
「言えない?」
「難しいですよ。好きってどういうことか言葉にするの。種類はたくさんあると思うんです。友人に向ける、親に向ける、食べ物とかに向けるとか……」
「うん」
 ぽつぽつと話している間に何を話しているかよくわからなくなっていった。出会ったばかりの時のこととかをひたすら話した。好き。足立さんのことは好きだ。なんでとかどこがとか言われると難しい。なんか、いいなと思う。足立さんの過去も何もかも知らない。誕生日も年齢も。
 けど、たった数ヶ月どんな人なのかは自分で理解したつもりだ。足立さんは優しい。それが俺の答えだ。何をしたのかは知っているけど。
「──で、その、足立さんにはなんでしょう……、そばにいたいというか……同じことを共有したくて、クリスマスとか、この先も一緒に居たい。そう、思っていて、」
「うん」
 なんだか恥ずかしくなってくる。頬も耳も熱かった。自分の思いを言葉にするのはなかなかにくるものがあった。これが俺だけだったらとか思うとどうにかなりそうだ。
「……あっ、あの聞いてます?」
「……っ、ああ、うん。君も食べたら?」
「んむ……!」
 足立さんの方に向くと一番上にのせていた苺を口に放り込まれる。もごもごと咀嚼しながら口内に広がる甘さを噛み締めながら考える。苺って結構大切なんじゃないのかなぁと。尋ねたことはなかったけど、実はケーキとか甘いものは苦手だったんだろうか。それとも苺、嫌いだったんだろうか。
 マイナスな考えはしたくないけど、不安になる。はぁ。と足立さんが溜息をこぼしてさっと体温が下がった感覚を覚えた。

「大体、なんで僕みたいなおじさん好きになるのかなぁ、君は」
「おじさんなんですか?」
「26だよ。四捨五入したら30だからね。君とは10くらい離れてるかな」
「…………」
「あ、がっかりした? 嫌いになった?」
「いえ! 大丈夫です。好きです」
 ホントかなぁ。と足立さんはコーヒーを飲み干した。26なんだ。とぽつ、と言葉に出してみる。思っていたより年上だ。もっと若いのかと思っていた。でも、だからどうという訳でもない。

「──それで、決めた?」
 足立さんが突然そう尋ねた。何を。というのはもう自分でもわかっていた。今日が足立さんを止めるタイムリミットであることは本人から教えてもらっていたのだ。
 何も言わずに自分の真横に置いていた竹刀袋から刀を取り出す。本当は今の今まで悩んでいた。今も悩んでいる。一緒に居たいなんて言ったくせにこの選択は正しいのか。俺が立ち上がると足立さんも立ち上がってスーツの埃を落とすようにぱたぱたとはたいた。靴を履いて、畳の異質空間から離れて開けた場所に出る。そこで、足立さんと対面する。なんだか初めからこうなることが決まっていたような感覚に陥る。
「……こういう運命だったのかもしれないですね。先延ばしにしていただけで」
「違うよ。君が選んだことだ。運命って言葉、僕は大嫌いだな」
 屈伸して背筋を伸ばす足立さんは懐から拳銃を取り出した。
「一人でヘーキ?」
「甘くみないで下さい。一撃で仕留めます」
「ははっ、そう。そういうの嫌いじゃないよ」
「そこは好きって言ってくれると嬉しいんですが」
「君が勝ったら考えてあげる」
 なら尚更勝たなきゃいけないな。と刀を構えて息を吐く。クリスマスはまたいつか。


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