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__ 期待してないって言ったら嘘になる(足主)

お題:バレンタイン
※出所後同棲

「ねぇ」
「…………」
 ドア越しからの足立さんの声に聞こえないフリをして抱え込んだ膝に顔を埋める。
 機嫌が悪いんだな。というのは分かっていた。帰ってくるなり俺に向かって鞄を放り投げてくるなんて嫌でも察する。仕事で嫌なことでもあったんだろう。警察のことなんて詳しくないけど、普段なら帰って来たら挨拶は返してくれるし、こんなことはしない。機嫌が悪い時はいつも深く入り込まないようにして、黙っているようにしている。お互いにそうなのは面倒だからだ。暗黙の了解みたいなものなのかもしれない。
 でも、今日は違った。どっちが悪いのかはともかく(俺は7割足立さんが悪いと思ってる)、バレンタインっていうちょっと特別な日なんだから声をかけずにはいられなくて、余計なことを言って、言い合いになって、結局こうなった。
 今は脱衣場に鍵をかけて洗濯機に寄りかかって足立さんの鞄と共に引きこもっている状態だ。何分くらい経ったのかはわからない。大学から帰って来て、そのまま足立さんの家に。それから夜ご飯とバレンタインチョコを作って待っていた。確か作り終わったときは19時すぎだったか。少しして足立さんは帰って来た。そのあとは先ほどの通りだ。

 そんなことを思い出しているとドアをノックされる。乱暴に2回。
「風呂入りたいんだけど」
「…………」
「……寝てる?」
 そう尋ねられても返事は返さない。少しは反省して欲しい。俺より10歳も年上のくせに大人げないとか思わないんだろうか。立ち上がって洗濯機を開ける。それなりに洗濯物が溜まっていた。することもないし洗剤を入れて洗濯機を回す。ピッピッと操作している音が向こうにも聞こえているらしく起きてんじゃん。と足立さんの声が聞こえる。
 それすら無視してドアにもたれかかる。いつまでもこうしているわけにもいかないのだけれど、踏ん切りもつかない。正直足立さんが8割悪いし俺が謝るのもどうかと思う。
 退屈なので足立さんに投げつけられた鞄を開けて逆さまに。ばさーっと中身が零れ落ちる。資料の入ったクリアファイルに携帯電話、財布、定期、その他色々と、チョコの入った袋が1つに市販のチョコレートの箱が2つ。
……なんだ、足立さんももらっているらしい。
 手作りらしきチョコの袋の方にはメッセージもついてた。二つに折り畳まれたメッセージカードだ。今後もよろしく。の一文が綴られていた。義理なんだろうか。そう願いたいところだけど、最後のハートマークが怪しいところだ。他の二つの箱は何も添えられてないみたいで乱暴に包装に破く。こんなことして、流石に悪いとは思う。けど、これで五分五分で悪いってことで。だめかな。
 破いた包装から出て来た箱を開けてみる。普通のチョコが並んでいた。一箱6個入り。大体500円から800円くらいか。義理っぽい。
 一つつまんで食べてみる。かじった途端に口の中に液体が広がる。アルコール入りだ。と思った頭痛がした。



 ピーと洗濯機が洗濯終了の合図を出した。それと共に目が覚める。いつの間にか眠っていたらしい。目の前には空箱があってチョコレートが置かれていたであろう場所は包み紙が6つ分入っているだけだ。全部食べてしまったらしい。アルコールだ。と思ったことは覚えている。俺はとんでもなくアルコールに弱い。
「……あ、洗濯物……」
 のろのろと起き上がると、頭痛が襲う。すすぎから脱水までだいたい30分。その間寝ていたみたいだ。お風呂場の給湯器のモニターを見てみれば21:33という数字を表示している。
 洗濯機から洗濯物を取り出して洗濯かごに移す。今日の夜は雨が降らなかったと思う。片手で洗濯かごを持って脱衣場から出ようとして、鍵がかかっていることを思い出す。ついでに喧嘩中なのも。
「…………」
 ドアノブを掴んで少し考える。気まずさをとるか洗濯物が生乾きでシワだらけになるか。答えはすぐに出た。鍵を開けて脱衣場から出る。すると、
「まだその中にいて」
 そう、足立さんが言った。声の聞こえた方を見るとキッチンにいるらしい。ふわっと甘い匂いがする。
「でも、俺、洗濯物干さないと……」
「いいから待てって」
「でも」
 俺が意図を汲み取れないでいると足立さんがこっちに来た。手にはラップを敷いたバットを持っていて、頬にチョコレートがついている。
「冷蔵庫の中見たよ。ザッハトルテだっけ?」
「ああ、あれ……はい」
「違ったら恥ずかしいんだけど……これ」
 そう言って、足立さんは俺の前にバットを差し出した。バットの中にはチョコレートが注がれていた。まだ固まっていないらしく、柔らかそうだ。
「忘れてて悪かったよ」
「……作ったんですか」
「買いに行くにも鞄持ってかれて財布ないし、君の作った余りでやってみた。生チョコ? ちゃんとレシピ調べて作ったから大丈夫なはずだけど、もう少し固めないとダメかも」
「……すみません。気を使わせました」
「結構ね。あんなにレベル高いのだと困る。何にも考えてなかったし」
 貰えると思ってなかった。と足立さんは言った。貰えて嬉しいと返すとあっそう?と足立さんの口元が緩む。
「これ、本命なんですか?」
「君こそどうなんだよ」
「内緒です」
「じゃあ僕も内緒にしとく」
 そう言って二人で笑う。まぁ、大体分かっているんだけど、わざわざ言うのも恥ずかしいし。
 ところで、なんで機嫌が悪かったんだろう。よくわからないけど、まぁ、いいか。



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