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__ 壁は脆い(足主)

「お題:電話/携帯」

正月を迎えて、すぐ風邪を引いた。急に寒くなったせいだと思う。霧が深くなったせいで気温は下がりっぱなしで、菜々子も叔父さんもそのせいなのかなかなか退院できないままだ。迷惑はかけたくないと思っていたのに、こんなことになってしまった。冬休みだから風邪を引いたことを知る人は叔父さんくらいだ。わざわざ仲間には伝えなかった。特捜隊は事件が行き詰ったせいで距離も少し離れていた。理由はたくさんある。捜査に行き詰まってどうしようもなくなってるからだとか。気まずいのとか。
「う、」
 携帯の音がうるさいほどに鳴り響いていて、目が覚めてしまった。頭痛がする。まだ眠っていたい感覚、倦怠感というんだろうか。うまく頭が働かないせいで思考がまとまらない。とりあえず出なくてはと居間に敷いた布団の中でもぞもぞと動く。テーブルに置かれた携帯を手につかむとバイブレーションの振動が伝ってくる。相手は叔父さんだった。
「……もしもし、」
『もしもし。少しは熱が引いたかな。今風邪引いたって聞いて』
「あだちさん……?」
『そう。堂島さんの携帯借りてる。今は、一人? 夕方くらいに家に行こうと思っているんだけど』
「そう、です。ひとりで、でも、無理しなくてもへいきですよ。忙しい、でしょう……?」
『大丈夫だよ。堂島さんが心配で心配でしょうがないらしくてうるさいから』
 そう言うと電話の奥から叔父さんの声がした。はは。と足立さんの笑い声も入る。
『じゃあ、夕方に』
 それだけ足立さんは言って電話が切れた。はぁ。と息を吐く。携帯の時間を見たらまだ十四時だった。節々が痛くて、寒気がする。布団や毛布を何枚も重ねているのに寒くて仕方なかった。身体を丸めて、もう一眠りしようと目を閉じた。



 彼が熱を出したらしい。堂島さんは入院していて、冬休みで、頼める人がいないとかなんとかで家の前にいる。断れなかった。彼らが捜査をやめてしまってからもう一月はたったと思う。町は静かになってしまって退屈ばかりだ。そんなときに彼が風邪を引いた。彼には頼る相手がいないらしく、僕にその役目が回ってきた。これは小さなイベントみたいなものだろう。退屈を紛らわすには丁度よかった。彼とはあれから会っていなかったし、顔を見たくなった。それだけ。正直真実にたどり着いてくれるものだと思ってたのに失望しているんだ、僕は。
「こんばんはー」
と少し声を抑えて室内に声をかけた。何も聞こえない。
手渡された鍵を使おうとしたけれど玄関は開いていた。あまりに不用心だ。いや、それができるほどの体力もないのだろうか。風邪なんてしばらく引いたことがなくて感覚を忘れてしまっている。ジュネスに寄って買ってきた冷えピタとかパックのおかゆとかりんごとかバナナとかゼリーとかスポーツドリンクとかあれこれ買ってきてしまったけど、これでいいものなんだろうか。買いすぎたかもしれない。
 居間につくと炬燵の隣に布団が敷かれていた。彼は見えないけれど、布団が盛り上がっているのは見える。暖房がかかっている上にこれじゃあ見ているだけで熱さを感じる。
勝手に冷蔵庫を開けるのは気が引けたけれど、買ってきたものを仕舞っているともぞもぞと布団が動く音がした。
「あだちさん、もう来てたんですか」
「うん。熱とか出した時ってどうしていいかわからなくて、色々買ってきてみた」
「ありがとう、ございます……」
 布団から顔を出した彼はぼんやりした顔をしていた。汗をかいているせいか髪の毛がおでこにぺったり張り付いていて、声も掠れ気味だ。彼は僕のいる台所にのそのそと歩いてきて、水を飲み始める。
「何か食べる?」
 そう尋ねると彼が何か言う前に彼のお腹がぐうと鳴った。
「あ……」
「おかゆでいいかな」
「はい。……すみません」
 こくりと頷く彼が面白くて思わず口角がつりあがる。弱っている彼を見るのはこれで二回目だ。おかゆは温めるだけでかなり簡単にできた。僕の方はジュネスで買った弁当だ。テレビを垂れ流しながらご飯を食べているのは会話が長く続かないからだ。彼は熱で浮かされているのかいつもよりはきはきしゃべらない。
「……あの、」
「なに?」
「また来てくれますか」
「いいよ。風邪治らないと買い物いけないでしょ。番号教えてあげようか。呼んでくれたら行くから」
 別に、なにか考えての発言じゃなかった。ただ、そういう方が便利かなと思っただけだ。堂島さんに電話借りるより。退屈に過ごすより。それなのに彼はぽろぽろ泣き始める。
「ごめんなさい、熱でちょっとるいせんが、もろくて」
 言い訳のような理由だった。掬っていたスプーンを器に立てかけて服の袖で目元をごしごしと擦る彼は震えた声で
「しょうじき、……寂しかったんです。たぶん。お正月もひとりだったから。そういうの、うれしくて。ごめんなさい、」
 途切れ途切れにそう言った。思わず出た手を引っ込め、近くのティッシュボックスを差し出すのが精一杯だった。



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