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__ きみがため、(足主)

!) 出所後設定

 足立さんがいない。
 理由は職場の旅行だ。有名な温泉地に二泊三日。つまり、三日間も足立さんがいない。今日はその二日目だった。二日目なんだけど、正直言うと限界だった。明日もこれが続くなんて。
 一緒に暮らし始めてから一年。足立さんは仕事を見つけた。夜間の警備の仕事だ。週に三回。その仕事で足立さんと俺は一日会わないまま、すれ違うことも少なからずあった。それは別に良い。いなくても夜ご飯をラップで包んでくれていたりとか、存在を確かめられたから。でも、今回はそうじゃない。なんというか、……その、寂しい。寂しいし、思ってたよりくるものがある。
 何より、家が静かなのがいけない。テレビをつけているといつも足立さんは内容についてとやかく言うし、俺が何かしていても邪魔ばっかりして退屈はしなかった。のに。
「はぁ」
 盛大なため息を吐き出す。足立さんのベッド上に転がって。バレたら絶対怒られるところだが、本人はいないのだ。ここのところ足立さんのベッドで眠っている。帰って来て毛布にくるまって少ししてから身体を動かす。
「……、ご飯食べないと」
 声に出して行動に移そうと試みる。ずるずると布団をかぶって部屋から出る。一つ一つ布団、毛布、タオルケットと床に落としてベッドから出た。どうせ俺が直すんだ。だから、いい。もうめんどうだし。
 キッチンにたどり着いて乾麺を手に取る。ここのところこればっかりだ。それかカップラーメン。水を入れて沸騰させて、乾麺を入れる。茹で上がったら付属のタレをまぜておしまい。器には入れずそのままタレはいれてしまう。洗い物が増えるからだ。どうせ見ているのは俺くらい。見栄えで味が変わるワケでもなし。冷蔵庫を開けるがみかんの缶詰と炭酸、漬物、ちくわにボールペン(?)とかたいして具になるものがないので本当にこれで終わりだ。リビングのテーブルに置くのすらめんどうでそのままコンロの上で箸を突き立てる。
「あっつ、い」
 持ち上げた麺が飛びはねて顔に当たる。ふうふうと息を吹きかけて今度ははねないようにゆっくり口に運ぶ。それでもまだ汁の絡んだ麺は少し熱くて、舌がびりびりする。

「ただいまぁー」
「……ひ、あ、あだちさん!?」 
 びくんと身体が震えた。嘘だ。帰ってくるなんて。連絡なんて無かった。目線は鍋のままのラーメン、散らばる毛布に布団に向く。髪の毛はぐしゃぐしゃだ。みっともないことこの上ない。とりあえず床にバラバラになっているものを掴んで足立さんの部屋に詰め込む。そうしているうちに足立さんが顔を出した。やけに荷物が多い。まだ一泊しかしてないのに帰って来てこんな大荷物とは。
「なにドタバタしてるの?」
「帰ってくるのが早くて……その、驚きまして。おかえりなさい」
「早く帰って来て不都合とかある?」
「連絡くらいしてくださいよ」
「したと思ったけど。少し前。台風が近づいてたからね、観光するとかって感じじゃなくってさ。交通機関ダメになりそうだったし」
 足立さんは担いできた荷物を下ろした。部屋の入り口にどすんという音にその重さを感じる。台風?テレビも見ていなかったから知らなかった。
「あ、ラーメン? 作ってたの?」
「それ俺の夜ご飯なんで」
 ふーん。と足立さんは変な声を出した。ちら、とキッチンを見て少しだけ笑う。置かれた鍋につきさされた俺の箸を見たらしい。こういうとこばっかり鋭いんだ。きっと布団も気がついているんだろう。ちらりと見た足立さんの部屋のドアは閉まりきってなかった。
「君って僕がいないと……」
「なんです?」
「いや、僕もラーメン食べたいから半分頂戴よ」
「なにか食べてきたのでは?」
「車内販売でお弁当食べようと思ってたんだけどみんなぐっすりしちゃってね」
「それはそれは。楽しそうで良かったです」
「べつにそんなんじゃない」
「そうですか」
 そう言って俺はキッチンにそそくさと行って器を取り出して流し込む。二つに分けるには少し量が少なかった。冷蔵庫のちくわを切り刻んで一度少しレンジで温めて入れてみる。
「お待たせしました」
「ん、」
 足立さんが差し出した器を受けとる。二日ぶりの足立さんは変わってなかった。たいして俺はどうだ。ずるずると二人で同じ器で交互に麺を啜りながら自分と足立さんとの差にショックを受ける。髪がぐしゃぐしゃで、こんなに俺は。旅行だから、仕方ないんだろうけど。片付けしながらそんなことばっかり考えてしまっていた。そんなことをしていると足立さんが俺を呼ぶ。

「お土産買ってきたんだよね。ちょっとおいでよ」
「お土産?」
 ぱたぱたと足立さんの元に行くと大きく、膨らみのある袋をつきだしてきた。マリンブルーの袋の表には水族館の白い文字が入っていた。開けてみるとあざらしのぬいぐるみが出てくる。デフォルメではなく少しリアルだ。でも、目がくりくりとしてかわいらしい。膝の上に乗せて尋ねてみる。
「……なんですかこれ」
「見てわかんない? あざらしのぬいぐるみ」
「いや、わかりますけど……」
「君に合わせて買ってきたの! ゴマちゃんいらないなら僕がもらうし」
「ゴマちゃんって……というか! 俺いらないとは言ってませんから。もらいます。ゴマちゃん大切にします」
 そう言って足立さんのいうゴマちゃんをぎゅっと抱き締める。柔らかめの綿が入っているのかゴマちゃんが少しつぶれる。
「あー、かわいいかわいい」
「心にもないことを」
「ごめんって。で、これが二つ目のお土産」
「これ?」
 二つ目があるなんて、と思いつつまた足立さんから細長い段ボールに入ったものを受けとる。今度は少し重い。開けてみるとガラスの瓶だった。その中に草花が入っている。赤と青の小ぶりな花だ。名前はしらない。その花びらは薄く、繊維が見える。
「バーバリウム?ってやつ。簡単に言えば植物標本みたいな? 部屋に飾ると良い感じでしょ? ……って、あれ。微妙な反応だ。僕が作ったんだよ? 君の部屋の窓枠とか殺風景だから」
「……本当に貴方が?」
「センスあるって褒められた」
 ふふ。と笑う姿は誇らしげだ。持ち上げて天井のライトに透かすと赤と青の花びらが目に飛び込んでくる。確かに綺麗だ。

「次、三つ目ね」
「まだあるんですか……」
 そうだけど。と足立さんはさも当然のように言う。
 俺がよく変なことに巻き込まれる(足立さんが言うには飛び込む)から安全祈願のお守り、俺が猫が好きだから猫の置物、猫のマグカップ(これは揃いだ)、その土地のお酒、そこの名産らしいブドウと鞄や手荷物から出てくるものを足立さんはひとつひとつ思い出と共に語る。すらすらと話す言葉の中に君が好きそうだから。君にも食べてほしくて。という言葉が混じっていた。床に置かれたあれもそれも全部、俺のためのものだ。
「…………、」
「ちょっと、聞いてる?」
「聞いてます。ちょっと、うれしく、て……」
 ぎゅっと抱いていたゴマちゃんがまたつぶれる。ごめんと思いつつもだめだった。勘違い、考えすぎなんて。それにしても足立さんお土産買いすぎだ。
「え、ほんと? 次は一緒に行こうか?」
「そのときは天気がいいといいですね」
「君は晴れ男だからへーきでしょ。今度は鍋が食べたいなぁ」
「それくらい俺が作りますけど」
「そーじゃないの! 君のも美味しいけどさぁ、たまにはゆっくりしようって話。温泉とか、観光とか色々さ」
 いいでしょ。という足立さんに俺はこくんと頷くだけだった。


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