P4 | ナノ



__ 夜は長い(足主)

 最近はうまく眠れなくなった。彼が家に来るようになったからだ。人がいるとどうにもだめで、眠りが浅くなる。落ち着かない。彼が夕方にやって来て、泊まるようになってから三日が過ぎたけれど、睡眠不足が続いている。
 今も目が覚めてしまってベッドの端に座っていた。深夜二時を過ぎた時間。カーテンが引かれ電気を消した空間は静まり返って、背後にいる彼の寝息が小さく聞こえる。
 立ち上がると冷えた床の感触がひやりと足の裏を伝って、身体を震わせる。背後で布の擦れる音が響いて、振り替えると彼が寝返りをうっていた。ベッドの真ん中に転がって僕の寝ていた場所をすべて占領する。元々一人のために作られたベッドだ。お互い身を縮こまらせて眠るよりはさぞ快適だろう。別に嫌な気分ではない。僕は眠れないし。
 
 眠れないのでもしよければ。そう言って彼は家に来るようになった。それにはやっぱり裏があって、それが寂しさからだろう。家に一人。今まで周りに人がいたのに突然消えた。僕にはそんな経験がないから推測でしかないのだけれど。原因の大元は僕だ。事件を引き起こさなければこんなことにはならなかったのだから。
「……はぁ」
 溜息は静かな空間によく響く。どうしたらよかったのか。そんなことは今更考えても仕方ないはずなのに考えてしまう。冷えきった床を踏んで、音を立てないようゆっくりドアノブを捻り、台所へ向かう。開いた冷蔵庫には彼によって揃えられた飲み物と食材が入っている。その中から一本取り出して一気に飲む。よく冷えた液体が胃の中に滑り落ちていく。身体が冷えていく。半分ほどまで飲んでまた冷蔵庫に戻して、冷蔵庫の中を再び眺める。小腹がすいたけれど、何か作る気にはなれない。調理せず食べられそうなものといえばリンゴにチーズ、トマト、……ちくわ?ごそごそと探っていると冷蔵庫の奥の方にちらりとカップが見えた。プリンだ。一つだけみたいで多分彼のだ。
「……怒るかなぁ」
 怒るだろう。きっと。でも一つだけ買ってきたのが悪い。僕に見つかったのが運のつき。
 蓋を開け、スプーンを突き刺す。切り裂かれたところから底に沈んだカラメルが溢れ出る。一口口に運んで、甘い。と思った。当たり前な感想だった。やけに舌がに残る甘さだ。彼はこういうのが好きなんだろうか。彼の好きなものを僕はよく知らない。(秘密なら知っているのに)



 ベッドに戻ってくると彼は窓際に身体を向けていた。カーテンから漏れる光が彼の髪を照らす。月明かりではなく、外の街灯の光だ。外に渦巻く霧でほんの少ししか届かないその光に照らされて灰の髪は銀のように輝く。
 彼と恋人になったのは数ヶ月くらい前だ。今みたいな泥のような気持ちはなかった。楽しかったかもしれない。……今思えば。恋人らしいデートとかはせず、部屋でただ話して食べるような些細なことだったけれど。
 手を伸ばして髪を撫でる。綺麗な寝顔だった。あまりにも無防備な姿にぞっとする。良からぬことが浮かんだからだ。体力を使えば眠れるのかもしれない。なんて。そうやって眠るのは嫌だ。と内にいる僕が叫ぶ。
 
 
知って欲しい。知って欲しくない。そんな境目でずっと考えている。僕の未来は彼にかかっているんだろう。いや。自分で白状することもできるけれど、どうしても言えなかった。理由など、自分が一番理解している。怖い。今の環境が心地よすぎるせい。ぬるま湯に浸かっているような感覚が半年以上続いてしまったからこんなにも僕は臆病になった。
 ……何もかも人のせいにするのはよくないな。殺さなければよかった。それに尽きるのに。
 あのときの衝動をもう僕は覚えていない。どうしてあんな行動に突き動いたのか自分でもわからなくなってしまっている。
「君は」
 彼の髪を撫でながら出た言葉はその先が思い付かなかった。僕は彼にどうして欲しいんだろうか。わからない。どうかお願いだから、君は    。

「…………、」
 また溜息。彼にかかった毛布を持ち上げて身体を滑り込ませる。毛布の中は彼の体温のおかげであたたかかった。すっかり冷えた体温があたためられていく。よりあたたかさをもとめて彼をこちらに引き寄せる。強引だったから起きてしまうかと思ったけれど、少し身動ぎしただけだった。彼の眠りはかなり深いらしい。冷えた手足を彼にくっつけて、彼の体温を奪う。僕の冷たさで起きてくれたらいいのに。眠りはまだ訪れない。退屈で仕方ない。今は彼とどうでもいい話がしたかった。あとどれだけ僕はここにいられるんだろうか。眠ったら明日が来てしまう。見えないタイムリミットが刻々と進んでいく。
 ああ、本当にさっぱり眠れない。


[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -