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__ 氷が溶けたら(足主)

共犯者設定

 足立さんからは電話がよく来る。昼夜問わず呼び出ししてきてそれに俺は必ず従う。大学の講義の最中だろうが寝ていようが、いつでも。迷惑とかはまぁ、ちょっとは思うけれど俺を必要としてくれることは嬉しいからいい。
 それに、本当に何かあったらいけない。狼がきた。と人を困らせる嘘つきな男の子の話があるじゃないか。俺はもう二度と間違えたくない。
「……ここ、だよな」
 電話で呼び出されるのはいつも足立さんの家だ。なのに今日は違った。一度しか言わないから。とメモに取った場所は大学から電車を乗り継いで三十分のところだ。そこは俺の家のある駅で、歩いて数分だった。住んでいながらに着いたお店は知らなかった。あまり大きくないお店で、白い壁にはopenと書かれた看板がかけられ、黒い扉についた窓を少し覗くが中は窺い知れない。
「…………」
 スマートフォンで再度確認するけれど、間違いはない。もうすぐ約束の二十二時を回ってしまう。
 意を決してドアを開く。いらっしゃいませ。とカウンターの中の女性が笑いかけてくるのに曖昧に笑う。彼女の服、店内の様相から見るにバーらしい。バーなんて初めて来た。きょろきょろとしていると
「悠くん、こっち」
 そう呼ばれる。視線をやるとカウンターの一番奥に足立さんは座っていた。呼ばれたまま、隣にの座席に座る。
「あの、俺あんまりお金持ってないです」
「最初の一言がそれ?」
「バーとか初めてで……」
「君を財布にしようとか思ってないからいいよ。今日はおごるし」
「すみません」
 一言謝るとはぁ。と長い溜め息が足立さんからこぼれる。
 あの日から足立さんは俺に失望している。しているんだと思っている。こういうことを足立さんは望んでいなかった。俺は足立さんの隣に少しでも長くいたかった。でも、ちゃんと考えたらそんなの喜ぶはずなかったんだ。

「君は? 何飲むの」
「…………え、」
 慌ててカウンターにあったメニューを見る。アルコール、ノンアルコールとか、全て英字で書かれていた。jinだとかなんとなくわかるものもある。でも、味とかそういうのは全然わからない。というか、俺はつい最近二十歳になったばかりなんだ。お酒はそれなりに飲めるのはわかってるが、好みのものはまだ知らない。足立さんが俺の顔を眺めながら頬杖をつく。催促されているようで慌てて適当なのを指差す。
「……これで」
「アマレットオレンジね。かわいらしいの頼むもんだ」
 そう言いながら足立さんは笑う。無知な自分を見てからかいたかったように見えて、少しの怒りと恥ずかしさが噴出する。
「そ、そうなんですか? 何がなんだか、さっぱりで……」
「だろうね。そういう顔してた」
「なら、助けてくれたっていいじゃないですか……!」
 足立さんはただただ笑っていた。ほの暗い照明で顔色はよくわからない。
 足立さんの手元に置かれたカクテルは半分くらいになっていて中に入っている淡い黄緑の液体は綺麗だけれど、味の想像はつかなかった。どこかで得た知識でカクテルはアルコール度数が高いという知識を思い出す。足立さんは案外酔っているのかもしれない。

 そんなことを考えていると俺の頼んだカクテルが届いた。細長いグラスに注がれた液体は見た目はオレンジジュースに見える。
 ええと、なんだったか。このカクテルの名前は。アマ……なんとか、オレンジ?
「アマレットオレンジです。アマレットはアプリコットの核を使ったもので……」
 声をかけてくれたのは店員さんだった。バーテンダーと言うのか。すらすらとこのアマレットオレンジについて教えてくれるけれど、わかるところは少ない。悪いと思いつつも聞き流し、グラスに口をつける。
 思っていたよりすっきりしていた。杏仁豆腐のような味のあとにオレンジの爽やかな味が広がる。
「バーは初めてですか?」
「そうです。でも、おいしいです、これ。杏仁豆腐みたいな味がしてすっきりしてる」
「アマレット、気に入りました? 次は要望言ってくださればアマレットをベースに作りますよ。他にもイメージ言っていただけたら作りますから」
「ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくり」
 バーテンダーさんに言われて頷くとはぁ。と足立さんが溜め息を吐いた。放っておかれたことに対する不機嫌さをすぐとなりから感じる。
「わかんないならわかんないって言えば助けてあげたのに」
 そんな言葉にやっぱりそうだったことを知る。こんな小さな嫉妬だけど、少し嬉しくもある。
「じゃあ次は助けてください。俺に合うやつ教えて欲しいです」
「いいけど、実はこういうのがあるんだよね」
 そう言うと足立さんが一枚の紙を出した。B5くらいの大きさの紙にはなにやら文字が書かれている。
「今の気分をカクテルに?」
「そ。今の気分をここに書いて頼むだけ。苦手なものとかはそこに書けばいいから」
「足立さんはやらないんですか」
「僕はもう書いた」
 これね。と足立さんは紙を見せてくれる。ただ、その紙は裏返しだった。書いてある内容は照明で透けて見えそうだったけれど、文字が小さくよくわからない。
「なんて書いたんです?」
「内緒」
 そういって足立さんはまた笑った。ボールペンを受けとって紙に視線を落とす。
「俺のも見ないでくださいよ」
「見ないから早く書きな」



「……で、今度サークルで温泉合宿に行くことになって」
「合宿? 君、サークルなんて入ってたんだ」
「入ってますよ。前に入っていいかって聞きましたよね」
「覚えてない」
「少しは俺の話をちゃんと聞いてくれると嬉しいんですが」
「聞いてるって。授業で寝こけて教室にひとりぼっちになったのとかあったんだよね」
「あれは前日に足立さんが……!」

 そんな中身のないような会話をぐだぐだとしているうちにお待たせしました。と俺と足立さんのカクテルが運ばれてきた。俺たちのやり取りを見てバーテンダーさんが少し笑う。

「足立さんの、綺麗ですね」
「君のは結構攻撃的じゃない?」
 そう足立さんに評価された俺のカクテルは湾曲した背の低いグラスのものだった。底が青くなっているのも特徴かもしれない。それより、一番目を引くのはそのグラスの上に乗せられたさくらんぼだろう。四方から串刺しにされ、グラスの縁にかけられている。中身はざくざくと砕かれた砕かれた氷と赤と黄色が混ざったようなカクテルが注がれている。
 一方の足立さんのカクテルは逆三角形の形をしたグラスだ。うす紫のカクテルに月の形をした柑橘類の皮が浮かべられている。
「説明はいいよ。ありがとね」
「そうですか。使ったものだけは置いておきますね。言ってくだされば書いていただいたものを見ながら説明、いつでもしますから」
 最後の言葉は俺に向けてのようだった。カウンターの上に置かれる三本のボトルはおそらく俺のカクテルを作るのに使ったものなのだろうが、味が推測できるわけでもない。辛うじて読めたroseとパッケージの蜂蜜を嘗める熊をみて甘いんじゃないかと考えて、飲んだ方が早いことに気づく。少し酔いが回っているのかも知れなかった。

 串を外して一口飲むと、砕かれた氷とカクテルが口の中で混ざった。がりがりと氷を噛み砕きながら飲むカクテルの味は甘く、爽やかだった。
「……おいしいです」
 一言そう言うと、そお?なんて言葉を返して、足立さんは嬉しそうな顔を浮かべた。それから、混ぜた方がいいと教えてくれる。言われた通りにマドラーでかき混ぜるとグラスの色だと思っていた底の青が混じって色が変わる。今度は緑だ。来たときに足立さんが飲んでいたような色。飲んでみると底の青は酸味があったらしく、レモンのような味がする。
「……結局、どうして俺を呼んだんですか」
「別に? 話し相手が欲しかっただけ」
「そんなことを言うなんて、酔ってるんですね」
「君が待たせるからすっかりできあがっちゃったんだよ。君のせい」
 そう言うと、足立さんは眠たそうにあくびをした。腕時計をちらりとみると二十三時半を回るところだ。
「それは、すみません」
「君はすぐそうやって僕に謝るよね」
 指摘されて口をつぐむ。うす紫のカクテルを傾けながらまぁ、いいけどさ。と俺から視線を外した。
「君は……、いや、やっぱりいいや」
「どうしてやめるんですか」
「未練がましいかなってさ。いつまでもあの日のことを考えてるんだ、僕はね。君は後悔してる? この関係が苦しい? 僕を恨んでいる?」
 足立さんは答えを返す前に言葉を続ける。
「君は今からでも僕を殺せるし、捕まえられるんだ。脅されていて言えなかったとか、いくらでもなんとでも僕を……」
「やめてください。もう、過去のことなんてどうでもいい」
 思わず足立さんの腕を掴んでいた。どうでもいいなんて言ってしまったけれど忘れたわけじゃない。後悔だってしている。けど、もう元には戻れないなら今を見ないといけない。足立さんが過去、ね。と呟く。
「過去ですよ。もう。数年前なんて。俺はその間に大学に入ったし、足立さんは東京に戻ってきた。……たぶんですけど、あんまり考えちゃいけないんですよ。こういうのは。前を見てください。それとも、望んでいるんですか。俺が裁くのを」
 自分が何を言っているかよくわからなくなっていた。なにか足立さんの中に残ればいい。なんのための共犯者だ。共犯者に足立さんが俺を選んでくれた。それなら一緒に進まないと。
 足立さんはグラスを一気に飲み干して何も言わずに席を立つ。
「チェックで」
「はい。少々お待ちを」
「君は先に出てて。そのまま帰ってもいいよ」
 帰るなんて、そんなつもりないに決まってるじゃないか。と立っていると足立さんは会計するから。と言われる。見られたくないということか。ようやく気がつく。慌てて残ったカクテルを飲み干して席を立った。


「ああ、帰ってなかったんだ」
 お店から出てきた足立さんはすぐにそう言った。意地悪な事を言う人だ。置いていったら怒るくせに。
「帰るわけないでしょう」
「……そう」 
「ありがとうございました。奢っていただいて。美味しかったです」
「別に、…………っ、」
「大丈夫ですか。俺に捕まって」
 言いかけて、足立さんがふらつく。片腕で足立さんの身体を支えとずしり。と足立さんの体重が身体にかかる。ぎゅうと俺の服にしがみついてくるのに、何とも言えない気持ちになった。きっと意図的だ。こうでもしないと俺たちはくっついたりできない。多分、俺を呼んだのもそういう意味なんだ。言ってくれればいいのにって無理なことを思う。
「うち、近いので泊まりますか。終電ないですし」
 答えが帰ってこないのは知っている。終電だって今からでもまだ間に合うはずだ。素直になれない俺たちは、うわべの関係と過去を盾にして逃げ回っている。
 俺が望むのは、その盾の融解だ。あのカクテルみたいに噛み砕けたら。かき混ぜて溶かせたら、ずっといいのに。俺はそれが溶けるのをただじっと待っている。



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