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__ 流石に考えすぎかもしれない(足主)

稲羽の二人
主人公名:瀬多総司

 八十稲羽の夏祭りはまとわりつくような暑さでも盛況だった。
 交通整理を任せられた僕は商店街付近の道路で誘導棒を振っていた。大したことないだろうとたかを括っていたが休む暇もない。一体どこから人が来るのか車の数は絶えず、商店街の道は歩行者天国になっているが人は溢れかえっている。誘導棒を持つ手が疲れて感覚を失ったのはいつだったか。こんな仕事もう二度とやるものか。と思う。
 久慈川りせの一件で交通整理は一度やったがあのときの方がまだましと言えた。夜闇に光る赤い光は嫌っている虫を呼び寄せる。大きく振った誘導棒にバチンとカナブンがぶつかり地面に落ちたときには流石に声が出そうになった。だから二度とやりたくない。恐らく次はないけど、その気は変わらない。花火がうち上がればそれなりに人も車も減るのだろうとは思うんだけど。しかし──、
 携帯を開いて時間を確認する。それは何度も繰り返した行為で18:24と表示された時間に溜め息を吐いた。生憎花火があがるまでにまだ三十分ほど時間がある。それにしても蒸し暑い。誘導棒を振りながら顔をぬぐう。スーツの上着は早々に脱いだが、その程度で涼しくなるわけもない。持ってきたペットボトルは既になくなり、商店街の自販機は品切れだった。ぴったりと体にへばりつくワイシャツの居心地の悪さがイライラを募らせる。何が花火だ。たった一時間程度で終わるというのに一発数千、数万円する。何が良さなのかさっぱり検討もつかない。
 ふと、ざわざわがやがやと騒ぐ人の群れの中に灰色が目に入った。少し遠く、車線を跨いだオレンジの街灯の下を歩くその子は紺の浴衣を着ていた。街灯に照らされ、灰髪は反射して色を変える。普段とは違う姿にぼう、とした。正直、見蕩れた。
 彼はただの上司の甥だ。と頭を振ると誘導を怠っていることに車がクラクションを鳴らす。瀬多くんがその音でこちらを向いた。視線がかち合ったので、逸らすわけにもいかず手を振る。
 すると、瀬多くんは渋滞する車の間をすり抜けて僕の方へやってきた。両手に団扇とラムネを持って、そろそろと歩いてくる。

「危ないな、君、渡ってくるなんて。轢かれたら大変だよ」
「すみません。でも、見かけたから」
「挨拶しようって?」
 そうです。と頷く姿にまた溜め息を吐いた。左手に持ったラムネは開封されまだ汗をかいていた。そろそろ歩いてきたのは中身がこぼれないように、ということか。隣に並んだ彼を見ながら交通整理を続ける。
「あー。そりゃあ、どうもね。今からお祭り行くんでしょ。似合ってるじゃない、それ」

 そのことに瀬多くんは素直にありがとうございます。と頭を下げ、にっこりと笑う。その単純さに危ういなぁと思うが、口には出さずににっこりと笑って返した。世辞ではなかったが、どうしてかそうやってにこにこと笑顔を振り撒くのが気に食わなかった。
「似合ってるならよかった。一人で着たので大丈夫か不安だったんです。これ結構すうすうするんですよね。落ち着かなくて」
 ちらりと浴衣の裾を捲って見せ、それからぐるりと回って見せた。一瞬見えた彼の生足にぞっとする。彼が感想を求めるように目を見られ、目を逸らす。目に毒だ。とは言えない。
 いいんじゃない。夏らしくて。と先ほどと大して変わらない言葉を投げかけると嬉しそうな顔を浮かべる。浮かれているのかなぁ。と思っていると瀬多くんは
「暑かったので家から持ってきたんです」
 と今度はラムネを見せてくる。本当に浮かれているらしかった。知り合った時はまだこんなにはしゃぐような子じゃあなかったのになぁ。と少し残念な気分になる。都会からきたっていうからもっと不便でつまらないことを嘆くのかと思っていた。半年ですっかり染まってしまった。
 飲みますか。という提案を断ると彼はそうですか。と言った。しょんぼりするかと思ったがそうでもない。彼は手に持ったラムネに口をつけて一口、二口飲んだ。喉仏が晒される。汗がつう、と鎖骨へ流れていく姿にやけに響いた自分の唾を飲み込む音に焦りを感じた。

「友達待ってるんじゃない? こんなとこで道草食ってちゃだめだよ」
「……そうですね。待たされて怒ってるかも」

 瀬多くんが目を伏せる。ドン、と小さめの花火がひとつ打ち上がった。打ち上げ開始三十分前になった合図だ。瀬多くんがわっ。と驚いた声をあげ、顔を上に向けた。彼の瞳が花火を反射する。
「もうすぐ始めますよーって合図だよ」
「足立さんは花火見ないんですか? できたら……」
「ああ、無理無理。お祭りが終わるまでがお仕事だから」
「そう、なんですか……」
「気にしないでいいよ。ここからでも見えるだろうし」
 わかりました。という瀬多くんの声は不満げだった。眉を寄せ、それでいいのか。という表情をされる。いや、そんな顔されてもどうしようもないんだけど。
 少しの沈黙のあと、瀬多くんはずい、と自分の持っていたラムネを差し出した。
「これ。もう半分しかないですけど冷えてるのでどうぞ」
「えっ、……ああ。ありがとうね」
「いえ。熱中症にならないように気をつけてください」

 それじゃあ。と瀬多くんは僕に手を振った。手を振る行為がなんだか恥ずかしくなってへらりと笑ってやると瀬多くんは早足で商店街へ紛れていった。
 はぁ。と何度目かわからない溜め息をつく。彼と関わるのは疲れる。おざなりになった誘導棒の動きにまたクラクションが鳴った。うるさい。
 受け取ったラムネを自分の口にあて、傾ける。ああこれって間接キスだなぁ。とふと思う。まぁだからと言ってどうということはない。ただ、彼くらいの頃はそういうのすごく気にしたよなぁというだけの話だ。
 勢いよく喉を通っていく炭酸の冷たさに頭がキン、と冷えた。



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