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__ *レシピは僕の中に(足主)

※ケーキバース設定。詳細は各自で検索お願いします。

 僕はケーキだ。ちゃんとした人間なのだけれど、そういう特殊体質だ。ニュースで聞いたことがあるかもしれない。ケーキの体質を持つ人が襲われたり監禁されたりするニュース。ケーキとフォークの問題は定期的にテレビで流れるけれど、解決には至っていなかった。ケーキは一般の人間にも、自分自身でも気が付けない。先天的で治す術はなく、科学の進歩でケーキの判断ができるようになったのはつい最近だ。まぁ、それも医者が情報を横流ししたりして問題になったけど。
 とにかく。そういうことばかり起きるこの世の中でケーキの僕はそれなりに苦労したということだ。二十七までなんともなかった訳じゃない。死ぬかと思ったことも何度もあった。いや、今も死ぬかもしれない境地に至ってるわけなんだけどさ。

 玄関のチャイムが鳴って、ドアを開けたら今にも泣き出しそうな顔をした彼が居た。助けてください。というかぼそい声にないと思っていた良心が働いて部屋に入れた。案外僕も寂しかったのかもしれなかった。十一月になって色々とあって、環境が変わってしまったから。全ては僕が引き起こしたことなのだけど。
 で、まぁ、事情を聞いたら彼は犯罪者予備軍だった。犯罪者予備軍になったという方が正しいだろうか。つまりはフォークになってしまったということだ。
 昨日から食べ物の味がしなくなった。と彼は言って、謝った。僕がケーキなのを知らなかったからだ。誰にも言っていないのだから当たり前だけど。わざわざ相談したいとやってきたのにその相手がケーキなんて彼は思いもしなかっただろう。疑いもせず部屋に入れた僕も悪かった。いや、疑えという方が難しいか。仕方がなかった。それが正しいのかもしれない。
「コーヒー淹れたから、とりあえず飲んでよ」
 そう言ってテーブルの上にコーヒーを置いた。すみません。とまた謝られる。キョロキョロと辺りを見渡す彼は僕の家に初めて来たわけじゃない。つい一週間前にも会って、ご飯を作ってもらったばっかりだ。堂島さんも菜々子ちゃんもいないから彼は家に一人で寂しいと僕を頼ってきた。あのときは普通だった。冷蔵庫にあった冷凍の餃子と野菜炒め。人と食べると美味しいですね。なんて笑っていたのに。
「……治療方法とかないんですか」
「ないよ。ケーキの僕だってあったらやってる」
「俺は、このままなんですか」
「そうなるね」
「……」
 嫌だ。そう彼が呟く。薄い座布団の上に正座した彼は俯いて拳を握り締める。ぱたぱたとその拳が溢れた涙で濡れていくのをただただ見ていた。彼の泣き顔を見るのは二度目だ。菜々子ちゃんが一度目。あれは後悔と他人のための涙だが、これは理不尽さと恐怖によるものだろう。そりゃあ嫌だよなぁ。と思いながらも彼にかける言葉はひとつも見つからない。前みたいにちゃんと休んだ方がいいとかって言っても解決には至らないだろう。それより考えるのは僕が死なない方法だ。
 フォークはケーキとは違い後天性だ。研究はあまり進んでおらず、どうして味覚を失うのか、発生時期すらも掴めていない。多大なストレスっていう噂もあるけれど、あくまで噂だ。しかし、彼はそれに当てはまるのかもしれない。何にせよ、彼は今後食べ物を味わうことができなくなったのは事実だ。

「ねぇ」
 そう、声をかけるとテーブルの向かいの彼がひっ、と声をあげた。正座が崩れて尻をついて体を守るように膝を抱える。来たときから距離を取っていたのはわかっていたけれど、それなりにショックだ。彼は僕を恐怖の目で見る。涙で濡れた目の縁と上気した頬にぞっとする。端から見たらどっちがフォークなんだか分かったもんじゃない。僕がいじめているみたいだ。
「……僕のこと食べたいんでしょ」
「出来ませんっ。そんなこと!」
「でも、したいと思ってる」
 したくないと彼は声をあげる。僕に、というよりは自分に言い聞かせるようだ。そんな姿を見ながら僕はここから生き延びることを考える。

「……いいよ、食べても。僕はそうされてもいい人間だから」
「だめです……そんなこと、俺が我慢すればいいだけです。別に……味覚くらい大したことない」
「じゃあ、話してあげるよ。君の追ってるあの事件、犯人は僕なんだ。君の家に届いた脅迫状も僕が書いた。君がリーダーであること、君の家を知っている人物、家の前でうろついても怪しまれない当てはまるよね。生田目は僕が救済を続けるように仕向けた。菜々子ちゃんも堂島さんもああなったのはみーんな僕のせい。憎いだろ?」
「そんな、わけ……」
「あるよ。調べてみればわかるけど山野真由美と小西早紀に最後に会ったのは僕だ。生田目から電話をとった時の夜勤も僕。殺されたって仕方ないことをしたと思う」
「…………」
 だから殺してもいいと言いたいのか。と彼の目は語っていた。
 コーヒー冷めちゃうよ。と言うとその視線が揺れる。テーブルからカップを取って差し出してみると、彼は恐る恐る受け取った。そうして中身をじっと見つめる。口をつけるのを躊躇うその姿はまた味覚が戻っていることを切望しているみたいだ。彼は僕が見ているのを気にしているようで、顔色を窺うようにちらりと見る。僕が見返してやると諦めたように目を瞑ってカップに口をつけた。それにゆるゆると口角があがる。
「……どう? 美味しい?」
「何を、入れたんですか……」
 そう言いながら彼はコーヒーを啜る。察しがついているはずだろうに、尋ねずにはいられないようだ。
「どんな味がした?」
「コーヒーじゃなくて、チョコレートの味が……しました」
「そう……それが僕の味なのか」
 頬杖をついてそう呟くと彼は唇を噛み締める。カップの中はからっぽだ。
 コーヒーにいれたのは僕の唾液だった。手っ取り早くて混ぜやすい。血も考えたけどわざわざ怪我するのも痛いし、怪我を見られて疑われたら飲んでもらえないかもしれないだろ。にしても、チョコレートの味か。聞けばケーキの味はさまざまらしい。僕の味はザッハトルテかチョコレートケーキか、それとも何かだ。よく考えたらチョコレートなら結構部屋とかにも匂いがするのかもしれない。キョロキョロしていたのはそのせいか。

「……あの、自首してください」
「え、いいの? それで。自首なんてしちゃって。もっと食べたいと思わない?」
「い、いえ。思いません。もう、今日は、帰りますから……」
 そう言って彼はふらふらと部屋を出ていった。追いかけることはしない。バタン、と閉まったドアを見て、安堵の溜め息が出た。
 ああ、本当、死ぬかと思った。彼の中に理性が多くあることが救いだったとも言えるだろう。バラしてしまったこともあったけれど、それよりも目の前にケーキがいながら自首に追い込んだり、通報してケーキをみすみす逃すなんてこと、彼の頭では出来ないはずだ。僕のコーヒーを飲んだのだから、ケーキの美味しさを味わっただろうし。
 彼が僕の犯行を黙っていれば僕も彼に唾液でも髪でも与えてやる。いい取引じゃないだろうか。
 テーブルに置きっぱなしだったコーヒーを啜る。冷めて酸化の進んだインスタントコーヒーは美味しいとは言えないが、彼にはもう二度と味わえないと思うとこれすら美味いと思うのだから。他人の不幸は蜜の味。きっとこういうことを言うんだろう。


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