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__ 夜桜心中(足主)


 外見に反して彼は草花の名前に随分詳しかった。
 外見に反して、なんて失礼かもしれないが、灰髪に最近流行しているんだかなんだかわからないきのこみたいな頭をした都会人らしいいかにもな姿をしているからだ。20代くらいだろうか。大学生とか? 春に? この辺は大学とか無いみたいだけど、どうなんだか。よくわからないから声をかけてみた。そしたら延々と雑草の蘊蓄を語ってきた。
 ちなみに僕は夜勤の帰りだ。だから変なやつではない。仕事は終わっているのに職務を全うするなんてむしろ褒めてほしいくらい。誰も褒めてくれないけどさ。義務みたいなもんだし。当然っていうか。

「これはオオバコと言うんです。これで相撲ができます」
「どれのこと?」
 しゃがみこんでる彼の隣に座る。四月だけど夜はやっぱり寒いし、暗い。ほとんど円に近い月とポツポツある電灯だけが頼りだ。そっとモッズコートの前をしめる。隣の彼は草木も眠る丑三つ時に寝間着姿でサンダルをひっかけているのだけど寒くないんだろうか。風邪引きそうだ。かれこれ十分くらい彼に付き合ってるけど、そんな素振りは見せてこない。
 しゃがんでみるとオオバコと呼ばれた雑草は大きな葉から猫じゃらしのようなものを生やしていた。ただ、猫じゃらしのようにちくちくしている訳じゃなく、硬くつぶつぶしている。支える茎も硬い。その茎を彼が二本引っこ抜いて僕に差し出した。
「一本持ってください」
「うん」
 差し出された一本を受けとると彼が遊び方を教え始める。本当はこんなことしてる場合じゃない。本題に入らなくてはと思うが興味をくすぐられて彼の言う通りにする。
「それでこう曲げて俺のに絡ませて……」
 半分に曲げられUの字になったオオバコをお互いひっかけ合う。両端を持って鎖のように繋がったのを確認すると満足そうに彼は頷いた。

「はい。じゃあ、引っ張って!」
「えっ?」
 僕がぼうっとしている間に決着はついた。ぶち、と音を立てて彼のオオバコが真っ二つになる。負けちゃった。と彼は負けたくせになんだかにこにことする。
「え、何、勝ったの?」
「はい。あなたの勝ちです。どっちかがちぎれたら負けなんです」
「へぇ……これ、面白い?」
「昔は面白かったですよ?」
「まぁ、そうかもしれないけどさ……。ねぇ、君──」
 どうしてこんな時間にここにいるの。そう尋ねようとして、彼の大きな声で遮られた。
「あ、これ! これはいい子にしか教えてもらえない特別なやつです。あっちにいっぱいありますよ、行きましょう!」
「わ、わ、ちょっと!」
 待って。の声は聞こえないらしい。細い腕の癖に手首をガッチリ掴まれて、半ば引っ張られる。彼の手は想像した通り冷たかった。導かれるままに数十歩離れた場所で立ち止まり、一緒に座る。
 そこにはアフタヌーンティーにでも使うハイティースタンドみたいな葉が段になっていた。そこから赤紫の細長い花が咲いている。

「この雑草は?」
「雑草なんて失礼ですよ。ホトケノザって言うんです。花の蜜を吸ってみて下さい」
「蜜?」
 こうやるんですよ。と彼は自慢げだ。赤紫の花を引き抜いて口にくわえてみせる。灰の瞳がやってみろと物を言う。真似をして一つ抜いてみるとくわえてみる。じんわりと甘い味がした。だけどそれは一瞬だけ。もっと味わいたくてもうひとつ引き抜いて口にくわえて蜜を吸う。4つ目に手を伸ばしたところで彼が僕をじっと見ていたのに気が付いて手を止めた。
 夢中になって忘れていた。やらなきゃいけないかとがあるんだった。ダメだな、僕。いや、仕事じゃないしいいんだけど。そう、彼が風邪引くといけないから帰した方がいい。
「どうしてここに来たの。夜中なのに」
「桜を見に来たんです。夜桜。綺麗だろうなぁって。今のうちに見ておかないと、三月に咲いてるかどうかは分からないですから。俺、東京に帰るんです。来年の三月に」
「へぇ」
 夜桜か。声を漏らすとまた冷たい手が手首を掴んだ。
「こっちですよ。今丁度満開で明日は春一番だから、今のうちに見ておくといいと思います」
 そう言われるがままに彼に着いていく。今度は彼も引っ張らずに歩いてくれた。ほんの少し歩けば地面にぽつぽつと桃色の花びらがちらちらと見えた。彼が立ち止まったところで上を見上げると顔に桜の花びらが降ってくる。
「イチヨウという桜です。花が大きくて蕾だと紅色が強くて開くと色が薄くなるんです」
 はぁ。と溜息が出た。よくここは通るけどあんまり花とか考えてなかった。意図して置かれていたのかは知らないが近くの電灯がライトアップしているように見えて壮観だ。夜桜、いいものだ。

「……どうして僕にホトケノザのこと教えてくれたの」
「あなたはいい子だから」
「なにそれ。僕、悪い人かもしれないよ?」
「あなたは刑事さんですよね。この間叔父さんと居るところ見ましたよ。刑事さんなら、いい子じゃないですか。小学校の頃ですけど、ホトケノザは通学路に少ししか咲いてなかったからそれを吸う人が増えないように内緒にしていたんです。いい子は欲張ってみんな吸わないから」
「刑事だからっていい人とは限らないよ」
「ですね。刑事でも犯人だったりしますもん。よくドラマで見かけます。でも、いい人に見えたので」
「それは、どうも。で、君の叔父さんっていうのは堂島さ……えっと、堂島遼太郎さん?」
「はい。俺は瀬多総司って言います。あなたは?」
「僕は足立だよ。堂島さんから聞いてない? あの人の部下なんだ」
「いや……、まだ二日前に来たばかりだから」
 高校生には見えなかったから驚いた。知識も勇気もあるらしい。変わっているなぁと思った反面、クラスに溶け込めるんだろうかと考える。堂島さんにそれとなく聞いてみようか。深夜に会ったのバレちゃうかな。なんて僕には関係ないはずなんだけど、いい人って言われて調子に乗った考えをする。本当は全然いい人じゃないけど。

「……でも、二日目でもうこっそり抜け出すか。勇気あるね」
「なんか息苦しくて、疲れちゃったんです」
「まだ慣れてない?」
「まぁ、そんなところです。ああ、すみません。稲羽はいいところですよ。東京に比べたら不便ですけど、こういう草花がたくさん見れますし」
 そう言いながらくわ、と総司くんは大きなあくびをした。慌てて恥ずかしそうに口元を押さえて頬を赤くする。
「……ごめんなさい。もう帰りますね。バレないと思うけど寝ないと。明日も学校だから」
「そうなんだ。じゃあね」
「はい。……あ、そうだ、足立さん」
「なに?」
「今度会った時は下の名前、教えてください」
 返事を返す前に彼はじゃあ、いい夢を。と言う。
 送ってあげればよかった。と思ったのは彼が闇の中に消えてしまってからだった。ちゃんとバレずに帰れるかな。堂島さんが怒ると怖いの知らないのかも。まぁ、一度痛い目見て学んだ方がいいかもしれないしいいか。これからも夜中に出歩いていたら困る。注意しなかったのは失敗かなぁ。ダメだなんか。集中力がないというか注意力がないというか。……うん、帰って寝よう。
 ──にしても、少しひっかかっていた。彼のこの間のことだ。いつのことだろうって。ここ二日は外に出たことは出たけど、山野真由美の深夜のことくらいだ。夜中に外に出たのは今日が初めてであるような口ぶりの彼だったけど……まぁ、田舎っていうのは噂が広まりやすいし、何かの記憶違いかもしれない。彼、まだ来たばっかりみたいだから疲れで記憶が混じっている可能性もある。そんなことを考えるうちにあくびが出た。
 僕もそろそろ帰ろう。いい夢を、か。この前は変な夢を見たんだよなぁ。赤いタイルと深い霧。地の底から響くような声とか、赤い空とか。完全に異世界だった。
 今日はいい夢が見られるといいけど……って、明日も仕事か。めんどくさ。




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