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__ ドントタッチミー(足影主)



「目、開けないでって言ったでしょ」
「っ……はい」
 眉間にシワを寄せた足立さんがそう言った。そう言ったから慌てて目を閉じる。視界が真っ暗になると不安にならずにはいられなくて、部屋の構造を思い浮かべる。ここは、マンションの一室だ。木製のテーブルと椅子にベッドが一つ。殺風景という言葉がぴったりな部屋だ。手探りで近くにあっただろうベッドに手を伸ばして座る。目隠しとかした方がいいのかな。なんて声が聞こえて膝の上に乗せた手のひらを握った。そんなのは嫌だ。そんなことされなくとも大丈夫だ。そう言葉には出来ないけど。(機嫌を損ねてしまうから)

「今日は何してた?」
「今日ですか。今日は──」
 ぐるっと思考を回す。今日は……そう、接触形態形成について学んだ。生物の授業で例えば植物に話しかけたり、触れたりすると成長が促進する。とかそういう話を聞いた。それから、放課後は花村と惣菜大学でビフテキ串食べて帰った。ああ、傘を忘れた花村に鞄に入れっぱなしにしていた折り畳み傘を貸したんだっけ。
 そんないつかの記憶を引っ張り出して話す。足立さんは黙っていた。聞いているのかどうかは目視できないからわからない。
「外は雨? じゃあ明日は霧が出るかな」
「かもしれないですね」
「また人が吊り下げられるかな」
「……おそらく」
 嫌だねぇ。と長い溜め息が混じった声が聞こえる。本気でそう思っているようには思えなかった。 俺もまぁ、どうでもいいと思っているのだけれど。
 足立さんが俺の隣に座った。きしりとベッドが音を立てて、くっついた肩と腕が少し暖かくなる。ベッドに置いた手に触れられる。

「君だけは、居なくならないでよね」
 そんな言葉が足立さんの口から漏れた。小さく、消えかかりそうな声に俺はなにも返さない。
「そろそろ寝ようか」
 頷くと足立さんの手が頬を撫でた。もうちょっと奥に行って。とベッドの奥に俺を押しやって、足立さんは横になった。自分も薄目を開けてごろんと横になる。ベッドは大きめだけど男二人では少し狭い。二人ともそれにもう文句は言わなくなった。薄い毛布が俺と足立さんにかけられる。これでも熱いくらいだ。十二月だけどここはエアコンもストーブも必要ない。閉じられたカーテンの先には青空というのは広がっていない。いつも変わらないストライプの空だ。
 恐る恐る目を開けてみる。足立さんはもう目を閉じていた。起き上がらずに視線をカーテンの先へ送って、隙間から赤い色がはみ出していて少し安心する。

 足立さんは泣かない。泣いたのはあの一度きりでそれからはいつも通りだ。(気味が悪いくらいに)
 俺は足立さんを救えない。そういうことをするのは“俺”が許してくれないからだ。“俺”はもう居ない存在なのだけれど、そういう行動を起こそうとする度にストップをかけられる。俺はこうすることが正しいと思うのに“俺”はそうではないらしい。イライラする。死んだくせに未練がましい。
 俺が生まれたのは“俺”が死んだあとだ。俺がこうしなきゃいけない意味は“俺”からの引き継ぎのようなもので、そこに俺の意思はないはずだった。そう、だったのだ。この男がどんな人間だったのかは知っていた。“俺”に対して冷たくて優しくてよく分からない男。人を二人殺している。“俺”は彼を可哀想と考えていた。対して俺は少し違う思いを持つ。
 目の前の男から規則正しい寝息が聞こえる。その他には俺の気持ち悪いほど激しい心音だけ。惹かれるのは俺の意思によるものなのか。またはそうでないのか。段々と頭がこんがらがってくる。気分が悪い。眠る必要のない俺にはこの男が眠っている時間があまりに長かった。
 恐る恐る頬に触れてみる。
「……どうかしたの」
「っ!」
 思わず身体が跳ねた。慌てて手を離して寝返りを打った。足立さんの瞳に俺の煌々と光るくすんだような金色が反射しているのがその一瞬に見えた。足立さんが嫌いな目の色。眠れなくて。とそう嘘をつく。足立さんは黙っていたけど、俺の背に触れて擦るように撫でた。この人の体温はやっぱり温かくて気持ちが良い。
「かわいそうにね。君は僕のことを見てろとか世話しろとか言われたからそれに従ってる。本当は僕のことどうでもいいのに」
「…………」
 それには何も言わなかった。何を言っても言い訳になりそうで無駄なことなのは分かっていたから。そんなことはないと言って欲しかったのか、そうだと言われたかったのか足立さんは無言を返した俺に溜め息を吐いた。それから、
「まぁ、何でもいいよ」
 と興味を失ったように寝返りを打つ音が聞こえる。頭で60数えてから寝返りを打った。向けられた背をじっと見る。別に背中に何かあるわけでもないけど、そうやってこの人が起きるのをずっと待つのだ。この人がいなくなるまで。
 伝えていなかったことがある。接触形態形成というのは触れることだ。つまり空気の振動とかによって葉の成長が良くなり、花を早くつけるらしい。危険を感じて、身を守るため早く実をつけたくて、結果的に早く花を咲かせる。そういう仕組みだ。
 俺は植物ではないけれど、あんまり触られると思いが歪んでしまいそうで。



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