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__ *嘘から始まるなんとやら(足主)

主人公名:月森孝介
※周回、暴力描写、嘔吐


「あなたが犯人なんですよね」
俺は確かめるように言葉を吐いた。叔父が風呂場へ、菜々子が寝室に行ってしまった今、これは俺にとってチャンスだった。“犯人”などわざわざかっこつけたように言う必要など無いのはお互い分かっていることだけれど、儀式のように必要な手順である気がしていたから言ってみただけだ。ただ、それだけ。
「何を根拠に? 適当なこと言わないで欲しいなぁ」
身体をゆらゆらと左右に揺らして笑う男に思わず強く唇を噛む。この男は悪だ。善人の皮をかぶった悪人であり、今後この家の家族を不幸にする。既に事件は起こってしまっていて2人が死んだ。
「……まだ無いだろ? 証拠。今の君には何も出来ない。無力なんだよ、わかる?」
目の前でニヤニヤと笑う男に腸が煮えくりかえる感覚を覚える。全くその通りで、畳に爪を立てて睨むことしか出来ない。男がビールの入ったグラスをあおる。食道に通った証にとがった喉仏がぴくりと動いた。顔は赤いがこの男はザルだ。この程度で酔う人ではない。俺はこれを前回初めて知った。自分が酒に酷く弱いことも。
「あはは、かわいい」
男の手のひらが俺の頬に触れた。生温い体温と前回散々言われた言葉が俺の体に垂れ流される。可愛いなど、どうかしていると思う。ぶるりと身震いすると何が面白いのかくくく、と堪えるような笑いをあげた。それが脳にやけに響く。

「……、……あ、」
「あ?」
「あなたがいなければ……!」
我慢の限界だった。飛びつけば目の前の男が驚きによる小さな悲鳴を上げ、床に強く頭を打ち付けた。それと共に手元に持った透明なコップの中身の黄金が床に広がり、じんわりと畳に染み込んでいく。
そのまま馬乗りになると、前回の周の忌々しい記憶が嫌でも思い出された。それと、悪いことをしているという罪悪感。しかし、この男の腹に直接手を置き、あられもない声を上げたことを思い出せばそれは薄らいだ。もしかすると、というifばかり考えて期待していたあの周には後悔ばかりが詰まっていた。あの時はどうかしていたのだと、今でも己に言い聞かせ続けている。もし、足立さんの言いなりになれば足立さんの持つフラストレーションが解消され、人を殺し、世界を滅ぼす事をやめてくれないものかとあの時は思っていたのだ。
しかし、結果は当然と云うべきか、案の定と云うべきか。そんな事は無く、口ばかりのあの男に騙され続け、愚かにも期待を持ってあれやこれやと要求を鵜呑み込んだのは記憶に新しかった。

「ちょっと、き……み、」
仰向けになった男の口から苦しそうな声が出る。配慮も無い馬乗りだから当然ではあった。それを無視して両手の親指で触れ、ぐっと喉仏を押す。ごくり、と上下した喉仏が、首に押し当てた掌にどくどくと拍動する振動が気持ちが悪く感じたが、手を止める気にはならなかった。
「う……ぐ、」
抵抗と苦しさからなのか手首に指が絡まり、爪が刺さる。死ぬ前の最後の足掻きが強くなれば強くなるほど終わりは近く感じられ、ああ、なんだ、結構簡単じゃないか。と俺は心の底でほくそ笑んだ。実際、表情は顔に出ているのかもしれない。そんなことどうでも良いけれど。
思うことはただ、今、この男が死ねばこれ以上の被害は防ぐことができる。それだけであり、無力であると言われた事を払拭出来れば。の一心だった。この人が死ねば、平和になる。一度でもそれが証明できれば次はもっと、そう思って力をこめ、

「孝介!」
突如、生暖かい何かに首根っこを掴まれる感覚に手の力が緩む。無理矢理に引き剥がされ、見上げれば叔父さんが当然と言えばそうだけれど、今まで見たことのない表情を浮かべていた。
咳き込む音だけが響く中、俺と叔父さんが見つめ合う時間が続く。余程急いだのか叔父さんの髪の毛からは雫がぽたぽたと垂れ、また畳に水分を与えた。
そんなぴりぴりとした空間を切るように生理的にうっすらと涙目にした男が口を開いた。首筋には青い跡がくっきりと残っている。
「まぁまぁ、堂島さん。口喧嘩っすよ。少しからかいすぎたみたいで、すいません。僕、帰りますね」
へらへらとした口調で微笑んで見せた男は特段何も無かったかのように起き上がり、後頭部をさすった。そして、叔父さんが声を掛ける暇もなくそそくさと玄関に消えた。

それから一発、俺の頭に拳骨が落ちた。叔父さんは何も言わずに酷く悲しい目をしていたが、頭のてっぺんから全身までが痺れる感覚の方が俺に強く響いた。拳が当たった所が酷く熱く、手のひらで押さえられずにはいられなかった。叔父さんにこんな事をされるのは初めてだった。それ程に値する悪いことをしたというのは分かっていたから悲しいというよりは申し訳なさが酷い。この人が後にあなたと娘を傷付けるんですよ。と叫びたくもなったが、そんなこと言おうものならもう一発が入るのは容易に予測がついた。
「……おい、孝介」
「……はい」
「足立に謝ってこい。追いかけて、今すぐに」
「はい」
俺が大きく頷くと叔父さんは髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、背中を押した。



「さっきはごめんなさい。もっと速やかに殺せばよかったです。絞殺なんて手段は甘すぎでした」
はは、と思わず声が漏れた。どうにも居心地が悪く、逃げるように家を出て鮫川の土手を歩いていた所を彼から呼び止められた。そして、謝られたと思ったらこうだ。前回あれだけ彼を弄んだのだからあんな事をされても仕方がないとはほんの少しだけ覚悟はしたけれど、やはり怒りはある。憎くて、愛しい。
人を殺すのは楽しかった。生にしがみつく彼女達は何度見ても興奮するし、スリルがあった。彼がひたすらに平和を求めて奔走するのも面白かったし、退屈もなかったし。落ちぶれたからにはもう顧みるものなんて無かった。死のうが捕まろうが何だって良かった。と思っていたのは前回までだ。
前回彼は僕を大きく狂わせたのだ。今回彼女達をテレビに落としても刺激は感じられなかったことからも明らかだった。彼は稲羽を救う天使に見せかけた悪魔なのかもしれない。はたまた別のなにかか。
「面白いよねー君って。稲羽の人の幸せのためなら何でもするんだ」
声を出すと喉が少しだけ痛んだ。首元に手をやると彼が眉を寄せるという反応をする。跡がついているのかもしれない。明日までにすっかり消えるようなものであればいいと願う。消えなければそのまま仕事に行こう。途中で彼に会ったとき罪悪感に駆られればいい。
「何でもは言い過ぎです、そんな」
「今さっき人を一人殺そうとしたじゃない。前は自分の身を捨てた」
「……うるさいですよ」
彼が僕を睨みつけた。彼の舌を打つ音とほぼ同時に彼の髪を掴み、腹に衝撃を与える。
「は、……ぁぅ、」
「これであいこね。はいはい、今回も頑張れよ」
暗がりで腹を押さえて呻く彼の髪は月明かりで銀にも見えた。頭から手を離すとはらはらと指先に絡まった髪の毛が地に落ちる。目の前の少年ははっ、はっと荒い呼吸をし、地面にやっていた視線を少しだけ僕の方に向け、恨みがましい表情をした。先にやったのはそっちだろうに。(涙目になった姿がかわいいなんて)
「……あなたなんて、大嫌いだ……っ、ひ、ぅ……」
そう言葉にすると、彼が背中を震わせ、嘔吐した。げほげほと咳き込み、身体全体が猫が毛を逆立てる時の様に胃の中のものを吐き出す。彼が吐き出したそれは月明かりと街頭で一瞬照らされ、暗がりの地面に消えた。液体と咀嚼されたことによって小さくなった固体の何か。いい気味だ。そう思うと同時に背筋をつつ、と撫でられるようなゾクゾクとした感覚を覚え、どっと体温が上がる。唇をぺろり、と舐める。ひどく乾いている気がしてならない。
「ひっどいなぁ。この前まで恋人同士だったのに?」
「……っ、知りません、そんなの。あの時俺はどうかしてた。そう、おかしかったんです」
「……あ、そ」
思ったより冷たい声音が出る。
「あなたが思っているのはどうせ俺がいなければいいってことでしょう。この世界はあなたの思い通りなのに俺がいつもいつも邪魔をするから」
「…………」
「俺はあなたがいなければ、八十稲羽はずっと平和になると思っています。……だから、俺達、関係が実にはっきりしてるじゃありませんか」
「……そう。君は変わらなかったんだ」
「……!」
彼の手を引いて、そのまま唇に重ね合わせた。こちらに寄せた事で彼が吐瀉物を踏んだ音が響く。一方で僕の口内では他のどこでも味えない独特な酸っぱい味が広がっていた。彼の作ったあの美味しい夕食とは思えない酷い味だ。しかし、これは彼の味という事が自分をいたく興奮させる。唇が離れると彼は怯えた目でこちらを見た。見せ付けるように唇を舐めて笑うと数歩後ろに後退する。
「……僕はさ、君と付き合って変わったよ。君が好きになった。邪魔だと思ってたけど、世界を終わらせるより君が欲しくなった。あはは、少し僕らしくない感じだ」
「……有り得ない」
「また恋人になってくれないかな。もう今回は始まっちゃったけど、次は殺さないからさ」
そう言ってみせると彼が僕の手を乱暴に振り払った。また彼が後退し、大きく首を振る。あからさまな怯えだ。それを隠すように彼は声をあげる。
「有り得ない! また俺を騙す気で、嘘をついてるんだ」
「好きじゃなかったら誰がゲロ吐いた口とキスしようと思うの?」
「俺はあなたが嫌いです。大嫌いだ」
「僕は好きだけどね。もう一度キスしようか?」
「結構ですよ!」
「……まぁ、さ、考えといてよ。期限は今回中でいいからさ。そしたらまた僕のこと透って呼んで欲しいな。ね、孝介くん?」
孝介くん、と呼ばれた彼は唇を噛み締める。紅潮した頬は恥じらいにも怒りにも見え、何か口に出そうとはくはくと呼吸していた。



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