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__ メインディッシュをいただきましょう(足主)

「おかえりー」
間延びした声で足立さんは迎えてくれた。しかし、こちらは見ず、ソファーのど真ん中に座り、テレビ画面に夢中だ。テレビの中では物陰に隠れた怪盗に扮した少年がスーツを着た敵らしき相手の出方を窺っている。初めて見たゲームだ。俺の居ない間に買ったのだろう。見たところ、一人用のゲームのようだ。きっと俺がプレイすることは無い。ネタバレされるのが関の山だ。通信が出来るものなら俺も出来て楽しいのに、この人はいつも一人でやる。一人でやっている間は俺の事なんかお構い無しだからやめて欲しいと思う。(ゲームに嫉妬なんて醜いけど)
こちらを向こうともしない足立さんの後ろを通り過ぎ、肩に掛けた鞄から持って行った物を床に出して仕舞っていく。片付けはすぐ済んだ。稲羽に着るものはいくつもあるから荷物は最低限になる。帰ってくる時の方がお土産のせいで荷物が多いのはいつもの事だ。今回はダンボール1箱とサイン入りの写真集と吸水性のあるタオルとその他いろいろと。
足立さんは丁度仕事の修羅場がぶつかったせいで今回は一人で稲羽に行くのは一人でだった。足立さんの前では口が裂けても言えない話だけど、(いや、でも多分お土産とか俺の顔で分かってしまうのだろうけど)特捜隊全員が久しぶりに揃って天城屋の一室で大騒ぎして、かなり充実したものだった。


「……テーブル」
足立さんの座っているソファーに座ろうとすると、端に寄りながらそんな声が掛かった。ソファーの前にある低めのテーブルにはシャンパングラスに入った紫陽花があった。足立さんの影に隠れて見えなかったが、なるほど、そういう事かと納得をする。足を引っ掛けて倒してしまわないようソファーとテーブルの間にそろりと足を通し、座った。
革張りだけどふんわりとした座り心地の良いこのソファーは二人で選んだものだ。帰ってきた。矢張り帰るべき場所はここなのだ。そんな安心感に包まれるような気がする。少しポエミーだろうか。
……いや、稲羽のポエマーには負けるか。俺が帰っている間、雲一つ無い晴天が続いた。稲羽は彼女が元気にしているのだろう。
足立さんの指先によって動かされる画面の少年は黒のマントを靡かせ、城の中みたいなステージを駆けている。時折“ジョーカー”と呼ばれるこの主人公はどんな物語を紡いでいるのだろう。物語ならハッピーエンドがいい。定義はそれぞれだが、本人が納得するようなエンドならそれは誰が何を言おうときっとハッピーエンドだ。俺はそう思ってる。
早々に飽きてしまったテレビ画面から目を逸らして滅多に使わないシャンパングラスに入った紫陽花に触れる。薄い青をした四角形の花びらのようながくは瑞々さを保っていて独特の手触りが指の腹から伝わってくる。真ん中の丸い花はまだ開いていない。足立さんが摘んできたのだろうか。やりそうにないことだけれど。
「あー……その花ね。お隣から貰った。確実に君目的だったけどいないし、僕が出たしでガッカリしてた」
そう足立さんが答えた。やっぱりこちらを向いてくれはしないが、若干口調が強い。嫉妬の色だ。実際、隣の女性の目的はそういうものではなく、デッサンのモデルになって欲しいということだ。首を上下に振る予定は今のところないが。恐らく紫陽花もデッサンし終わったから用済みなんだろう。
「そうですか。他に変わった事は?」
「無いよ。部屋が若干汚くなったこと以外には」
「それはなんとなくわかってます」
「……あ、洗濯物干し忘れた」
思わず溜息が出る。まぁ、いつものことだけど。確認してはいないけど食器も洗ったまま水切りに放置しているんだろう。
「で、そのダンボールの中身は何」
「枇杷です。叔父さんと菜々子では食べきれないみたいなので貰ってきました」
「枇杷……、ゼリーに入ってるやつだ」
「それです。食べますか?」
「剥いといて。部屋の掃除と洗濯物干しとく」
そう言ってゲームをメニュー画面に切り替えて立ち上がる。ぐぐ、と伸びをした所を見ると帰ってくる時からかなりの時間プレイしているように見えた。
「俺が帰ってくるまでに片付けようという気は無かったと」
「ゲームが思ったより楽しくてね。心の怪盗だって」
「へぇ……ルパン三世みたい?」
「アルセーヌ・ルパンだよ」
コントローラーをテレビの前に置くと、足立さんはキッチンに消えた。ゲームを中断したということは食べ終わったらまたプレイするということだろう。俺の退屈はまだ続くらしい。

枇杷のヘタを取って尻の部分から剥いていく。皿にはオレンジの果肉が積まれ、それを足立さんがフォークで口へと運ぶ。一応新聞紙を敷いているが、枇杷の汁で濡れ始め、爪の間はとうに茶色くなっていた。もう数十個程剥いたがダンボールの中はまだ沢山ある。残りは腐る前にジャムにしようと思う。
「……甘いね。ほら君も」
「剥きながら俺も食べてるからいいですよ」
「分かってない。人の手から食べるものはより美味しいんだよ」
「何を根拠に……」
ぐいぐいとフォークに刺した枇杷を俺の口元に押し付けてくる。俺に拒否権は無いらしい。大人しく口に入れると確かに美味しいような気がした。いや、偶然美味しいのに当たっただけかもしれない。認めてしまうのはどうしてか嫌で、どうだ。と笑った足立さんに「そうかもしれないですね」なんて素っ気ない態度を取る。

「足立さんもどうぞ?」
お返しに中指と親指で挟んだ枇杷の実を口元に付けると、ぱくりと俺の指先ごと咥えてみせた。ちゅう、と足立さんが俺の指を吸いあげ、にやにやという擬態語が似合う笑みを浮かべる。音を立てたのはわざとなんだろう。嫌な人だ。
「……君の指はしぶいね」
そんな嫌な人は今俺が手がベタついて触れられないのを分かっていて押し倒してくる。するりと太腿を撫でられればしたい事なんて口にされずともわかってしまうし、期待もしてしまう。
「手を洗ってくるので離れてください」
「ん、」
俺の僅かばかりの抵抗なんて無視だ。手首に滴る枇杷の汁をぺろり舐めて酷く適当で曖昧な声を出す。
「……足立さん」
「うん」
「寂しかった?」
「うん。でも抜いてないよ。偉いでしょ」
する、と足立さんが俺の髪を撫で、そのまま頬、耳、首筋と触れる。
「……へんたいだ。俺疲れてるんですから」
「一回だけ」
「本当に一回だけですからね」
「うん」
足立さんが俺に体重をかける。そのまま流れる様に体制を変え、俺はソファーに横たわった。足立さんが覆い被さると、足がテーブルと縺れてかつん、とグラスが床に落ちた。
「……あ、」
「後でにしよう」
癖で拭かなければという気持ちに陥って身体を起こすと足立さんに唇を塞がれる。薄く口を開くと舌が滑り込んだ。ほんのりと枇杷の甘さと渋みがする。足立さんが上のせいか唾液がとろとろと俺の口内に混ざり耳を塞ぎたくなるような水音が聞こえる。軽やかな音を出していたテレビの電源はいつの間にか消えていた。映るのは殆ど衣服を纏わない俺と足立さんだけだ。

案の定、零れた水はすっかり乾いてしまって、紫陽花は萎れてしまっていた。


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