P4 | ナノ



__ 蜉蝣(足主)

※P4U2の序盤。ネタバレ、捏造、うろ覚えによる改変があります。


また面倒な事になったな。と足立は思う。暴力じみた取り調べの最中、テレビに入るように拳銃を突きつけられたと思えば赤い霧に包まれた八十稲羽に連れてこられ、なんやかんやと赤髪で顔に傷のある変な少年に「世界の終わるところを見せてやる」だとかなんとか言われ。 それから一方通行的に話し続け、計画の全貌やらを吐露し、満足すれば「さっさとどっか行け」と足立は追い出された。何がなんだか分からないが、数ヶ月前もしないうちに世界の終わりがまたやってきたらしい。大変なことに巻き込まれたものだと、足立は内心溜息を吐き出していた。
出来ることなら自分抜きでやって欲しい。面倒だから。そんな事を考えながらふらふらと八十神高校の廊下を歩く。が、気になる点があった。果たしてこんなに廊下は長かっただろうかということだ。それに、P-1 CLIMAXと書かれたポスターと撮影機材。あちこちにキラキラとした金色の液体が零れている。違和感の塊だ。しかし、まぁ近頃、(とは言っても数ヶ月前の事だが)訳の分からない世界に逃げ込んで訳の分からないペルソナとかいう異形を召喚したりというものを経験してしまっては今更声を上げて驚くなんて真似はしない。むしろアクビが出る。
状況を打開する為に目に入った2-2と書かれた教室の引き戸を引くと、目の前に灰色が映り込んだ。

「ひぃっ!」
「こんにちは?……いや、こんばんはかな」

油断しきったような情けない声をあげた足立に対して挨拶をし、首をかしげるのは灰の髪に霧を溶かしたような目の色をした少年だった。片手には日本刀が握られている。慌てて体を引いたおかげでぶつかりはしなかったが、少年を見上げる形になって足立は些か気分を害することになる。何故ここに? そう尋ねる声が顔をあげているせいで変に発声された。返事はない。無言で少年はさっと脇に逸れ、足立に道を譲った。足立も何も言わず教室の中へ入る。
教室内の人は少年だけだった。黒板にはP-1 CLIMAXとポスター同様の文字がでかでかと書かれ、廊下にも貼られていたポスターとバリケードテープが各所に見られるものの、それ以外は普通の教室と何ら変わりもない。少年がガラガラと音を立てて教室の引き戸を閉めると同時に足立は尋ねる。
「……君、誰なの」
少年は見間違う事無く自分を追い詰め、倒した鳴上悠そのものだった。見た目に違和感はない。しかし、ただ違う。と何か違和感を感じるものがあった。何か、というのはよく分からなかったが違うのだ。足立はそう確信していた。第六感とやらだろうか。

「鳴上悠ですよ。忘れちゃいましたか」
少年は笑っていた。こういうところで笑う男だっただろうか。はたまた、会っていない間にそんなキャラに変わったか。正直に言えば足立ははっきりせず気持ちが悪いと思っていた。喉に刺さった小骨のようにチクチクとする。例えが悪い。小骨ならば米でも飲み込めば解決する話だ。解決策が出ていない今には当てはまらない。
「とぼけるな」
足立の意識は腰のホルスターに向く。ホルスターにはリボルバーがある。皆月から貰ったものだ。ミナヅキと戦った時に威嚇射撃として数発使ったことでもわかるが、ニセモノではないことは受け取った時からわかっていた。少し脅かせば何か喋るかもしれないという安易な考えで右手で腰に触れ、つるつるとした鉄の表面を撫でる。未だに少年は笑っていた。笑い声を上げるでもなく、口の端を少し上げるだけの笑みとも言えるものだ。
「……今度は外してやらない。でしたっけ。いいですよ」
「……ルールに反するから撃たない」
「撃てない、の間違いでは?」
「…………」
生意気な態度にルールなど破り捨て撃ってやろうか、と足立は挑発的な態度を取る目の前の少年を見る。矢張り見た目は何も変わりがない。目の色だって金色ではなかった。春に都会に戻った少年が八十神高校の制服を着ているのはおかしいとは思うが違和感はそこでもないのだ。
無言を決めていた足立の違和感を捉えたのか少年は口を開く。

「俺は鳴上悠、……という設定です。彼の記憶と能力をあの人がコピーしたもので闘争心になり得る部分などを引き伸ばしてあります。体はシャドウの寄せ集めです。なので──」
目の前の少年は持っていた刀を鞘から引き抜き己の左手首に向かって切りつけた。その動きには躊躇いなどはなく、すっぱりと何の引っ掛かりもなく落ちた少年の左手首は床に嫌な音を立てた。それからドロドロと溶け、黒い水たまりの様なものが残る。見た事のある光景だった。足立があの血液をぶちまけたかのような空の下で見た光景だ。
蒸発するように上方に流れて消えるのをぼんやりと見つめる。溶解したそれを見届けた足立が顔を上げる。少年の左手首を見る頃には何事も無かったかのように左手首から先が存在していた。
あ然としている足立を見ながら少年は楽しそうにくつくつと笑い、興奮したようにはぁ、と熱い溜息をつく。
「ほら、この通り。重傷を負わない限りは戦えます。痛みはそれなりに伴いますが」
「ほらじゃないよ。ひやひやしたじゃないか」
「あれ、案外優しい人なんですね。心配するなんて。俺は鳴上悠本人じゃないのに」
「そりゃあ、君が死んだら僕のルールに反するからね」
「先程からのルールというのは知りませんが、シャドウなので死体なんて出やしませんよ。さっきみたいに溶けて消えるんです。遅かれ早かれ」
そう言って少年は左手首を撫でた。まだ痛むのだろうか。傷口などは見えやしないが。
「遅かれ早かれって?」
「あと一時間ほどでこの世界は終わるんです。俺の目的は鳴上悠と戦うことですが、負ければ俺は溶けて消える。一時間もすればタイムオーバーで消えます。遅かれ早かれとはそういうことです。まぁ、所詮シャドウの身ですから、そんなものでしょう。……それ以上はあの人に怒られてしまうので」
「あの人あの人って言うけどなんなの、君の言うそれ。僕の知ってる人?」
「そんな事話してしまったら俺もあなたもあの人に殺されてしまいますよ。俺達は所詮駒に過ぎません。この話もきっと聞いてますし……」
ちらりと少年が教室内のモニターを見た。足立も少年に倣う。真っ暗なモニターは何も映し出していない。先程まで歩いていた廊下にも似たようなものは幾つかあった。ここに何か映るんだろうか。聞いている。ということはこのモニターの先に彼の言うあの人≠ェ居るのだろうか。まだ見たことはないが、そのうち自分も見ることになるのかもしれない。

「……じゃあ、質問の内容変更しようかな。それと、道案内してくれない? ここ広すぎてさぁ。下に行きたいんだけど」
「まだ質問するんですか……」
うんざりしたように少年が心底嫌そうな顔をする。足立の知る彼であるならそんなことはせずすぐに頷いたことだろう。仮面が外れてきたのかもしれない。それとも、このシャドウの塊にも鳴上悠ではないものが、と思考して打ち切る。だからなんだというのか。
目の前の少年は、先ほど閉めた教室のドアを開ける。道案内はしてくれるらしい。どうやら足立の進もうとした方向は遠回りになる方向のようだった。少年の細長い指先が引き戸を引き、足立を先に通す。立ち振る舞いが少年そっくりなこの少年に足立は内心舌打ちを打つ。先程から少年と違うところを探してばかりいた。

「彼って今稲羽にいるんだね。元気?」
「それをなんで俺に聞くんですか! ええと、……そうですね、ゴールデンウィークで稲羽帰ってきているみたいです。最近はいもう…と…? えっと、菜々子、が成長して、料理を一緒に作ったことが嬉しかったとかそういう記憶がありますよ」
「ふぅん……」
「もっと話しますか? 予備校に通い始めた事とか、勉強の事、とか……?」
「いや、もういいよ」
記憶を話す少年はどこかぎこちなかった。それでいて話を選ぶセンスもない。実体験を通しての事ではないからだろうか。少年は菜々子の兄ではないが、菜々子を妹のように扱っていた。少年の頭の中では妹なのかもしれない。だが、目の前の少年はそれをうまく理解出来ないでいるようだった。足立はそれに少しだけ安堵する。

「……俺の記憶の中にいるあなたはいい人なのに、悪い人だ。でも……きっと? 俺は、いや、……鳴上悠と言うべきでしょうか、あなたのことを……」
「言わなくていい。見ず知らずの人……っていうかシャドウに言われたくないよ」
「ニセモノの俺からの言葉は嬉しくないってことですか」
「そうだねぇ。君は彼自身じゃないし、彼の記憶を覗いているだけに過ぎない。君が言いかけたその言葉は客観的なものだから嬉しくないし、それは彼が仕舞っておきたいものだと思うよ」
多分だけど。と足立は付け加える。少年が何を言いかけたのかは何となくわかっていた。聞いてはいけない気がしたのだ。聞くのは彼の口からがいい。と足立は思う。
「…………、」
「おいおい、僕に指摘されて落ち込んだ?」
「確かにと思っただけですよ。それと、少しだけですが羨ましい。ともね。俺が鳴上悠を殺して成り代わってしまいたい、と」
少年は右手に掴んでいる刀を強く握る。ふうと溜息に似た少年の呼気は熱い。元となった少年を殺すシュミレーションでもしているのかもしれない。果たしてそれは現実のものになるのだろうか。灰の瞳がうっすらと金を帯びたかのように見えた。
「そんな事したら僕は許さないけどね」
「冗談ですよ。怖い顔しないでください。さっき言ったでしょう? 俺は死ぬんですって。それに、目的の為には勝っちゃいけないんですよ。本気は出さないといけないんですけど」
「なんか大変そうだね」
「まるで他人事みたいだ」
「他人事だもの」
そうですね。と返した少年の顔は足立より先行して歩いている為に見えなかった。



「……そろそろ家から出たか」
数分ほど歩いただろうか。少年の方からそんな言葉が出た。廊下も教室も同じものばかりでぐるぐると同じ場所を歩いて時間稼ぎをしているのではないかと思うところもあったが、時折現れる下り階段に毎度その思考を打ち消してばかりいた足立は少年の独り言に近いそれを聞き取れなかった。聞き返したが、少年は首を左右に振って答えはしない。そのまま教室の引き戸を引いてまた足立を先に通した。
「……ただ、道案内はここまでにします。後は頑張って?」
「頑張ってって……、ひどいやつだなぁ。置いてかないでよ」
足立が媚びるような声を出すと少年の眉間に皺が寄った。あからさまに面倒という顔で、引き戸を閉める手つきが些か乱暴になる。また彼らしくないポイントが垣間見える。
「無駄話に付き合って道案内もしたんですから許してくださいよ。俺とはもう二度と会わないでしょうが、鳴上悠に会ったら思い出話にでもしてやって下さい。もう行かないと」
「こんな思い出話、面白くも何ともないけどね。彼と戦いに?」
「ええ。悲しい事に、何とも儚い命ですよ」
そう言う少年の表情はちっとも悲しそうではない。少年の視線が窓に移る。窓から見えるのは赤い霧と、稲羽の町並みだ。町並みは酷く小さく見える。恐らくまだ階層的には高い位置にいるのだろう。足立には赤い霧が以前より濃くなっているように見えた。
「……勝ったらいいんじゃないの」
「そしたらあなたは怒るでしょう、透さん?」
「なっ……」
「あはは、これで思い出話になりますか? 下の名前で呼んだのはニセモノの俺が先。ハジメテです。ふふ、少しどきどきしちゃいました。彼はいつになったらそうやって呼べるんでしょうねぇ」
にやにやと嫌らしいような悪戯っぽい笑みを浮かべた少年が教室の窓を開ける。瞳は既にとろとろとした零れ落ちしうな蜂蜜のような金をしており、窓から入る風が少年の髪を揺らす。
「そこから降りるの?」
「こっちの方が早いですから。あ、透さんはダメですよ。死んじゃいます。まだ結構上の方ですからね」
落下防止の手摺りを越え、窓のサッシに軽やかに両足を乗せた少年はまたも躊躇いも無く飛び降りた。別れの挨拶などはなく、すぐさま足立の視界から消え、はためいた制服のブレザーだけが印象に残る。足立はわざわざ下を覗いて少年を見ようとはせず、入ってきた方とは逆の引き戸を引いて教室を後にする。確認など無駄な事だ。やらねばならないことがあるのだから。
ただ、一つだけ少年にはまだしたことも無いキスぐらいしてやればよかったかもしれないとだけは思った。



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