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__ ときめきと場合により(足主)


「……あともう少しだったのに」
言ってはいけないだろう言葉がついて出た。
急いでいる時に限ってよく赤信号に捕まる。というのはよくあることだ。舌打ちとは真逆にゆっくりとしたスピードで車は停止した。
「本当に君はうるさいな、法定速度は守らなきゃダメだろ。また捕まらせたいの? たかがティッシュに車まで出させて」
足立さんから苛立った声が返ってきた。
それらは丁度信号が黄色から赤に変わってしまっていたせい以外であるなら、大抵が俺のせいだ。
いつものところではなく車で行かなければならない場所のドラッグストアを俺が選んだこととか、確認し忘れてティッシュを切らしたこととか、俺が昼間になるべく外に出たくないせいで夜に出かけることになったこととか、色々。
理由はとにかく足立さんは苛ついていた。

「そもそも遅くなったのは夕食を食べるのが遅い足立さんが悪いんですよ」
「夜に出かけようとするのが悪い。そんな約束していない」
「花粉症で無ければこんなことしません。困るのは明日のあなたです」
「そもそも君がティッシュ使いすぎなのが悪いんだ」
「俺は自分用の柔らかめのティッシュボックスを使っているので足立さんの無駄使いが原因です」
「だからあれやけに甘い味がするのか」
「何勝手に使ってるんですか」
「馬鹿言え、君のを舐めた時に使ったんだよ」
「…………」
上手く言い返す言葉が見つからず黙ると勝ち誇ったように足立さんが鼻を鳴らす。口喧嘩の勝率はいつも半々だけど、俺は情事の話を出されるととことん弱くなる。そろそろ足立さんにはバレてしまったかもしれない。
信号が赤から青に変わると緩やかに車は発進した。足立さんの運転は慎重で上手い。まぁ、俺は免許が無いから他の人に比べてというのでしか言えないのだけれど、上手いと思う。ただ、左折は少し下手だ。利き手じゃないからかもしれない。
道路はあまり車は多くなかった。時間もそうだけれど、田舎だから。ここは稲羽ではないが似たような土地だ。少し前までは都会で働いていたけれど、俺が仕事で飛ばされた。何か失敗をした訳では無くて、人手が足りないということでの異動だ。嫌ではなかった。在宅の仕事をしている足立さんにも支障は出ない。

「大体さぁ、君、なんで免許取らなかったわけ?」
また赤信号で止まった足立さんは溜息をついて言った。まだ少し苛々としているようで方向指示器がカチカチと鳴るのにあわせてハンドルをとんとんとリズム良く叩いている。
生憎なことに、というか、俺が選んだものだが、ドラッグストアまでの道のりはこのまま直線、二つの信号を通って左折し、少ししたところにある。あともう一回、二回くらいは赤信号に捕まるだろう。
内蔵されたカーナビの時刻は19:45を示し、コロンが点々と秒刻みに点滅する。あと数十分で20時だ。それまでには着かなければいけないけど、充分間に合う時間だろう。
「そりゃあ、足立さんが何処にでも連れて行ってくれるからですよ。ほらあと10分」
そう言ってやると俺の隣で浮かべた顔は得意気だった。案外この人は気分屋なのだ。ちょろいというか、なんというか。単純?
「四捨五入して焦らせるなよ。あと14分。余裕だ」
足立さんがハンドルを左にきると車体がぐらついて身体が足立さんの方に少しだけ傾いた。

───

19:49、閉店まで10分を残してドラッグストアに到着する。車を停車させたするなり俺はシートベルトを外して助手席を降りた。ドアを閉める前に足立さんを一瞥すると目が合った。シートベルトを外したものの、動かないままだ。
「ん? 行ってらっしゃい?」
「何言ってるんですか、足立さんもですよ。何の為にこのドラッグストアに選んだと?」
「知らない」
そんな科白を吐いた足立さんに溜息が出る。元はと言えばここのドラッグストアを選んだのは足立さんのためだと言うのに。ああ、俺がその理由を言っていなかったからか。今日は俺の過失が多い。
「忘れたんですか、寒い日はアイスを食べるに限る。とかなんとかそう言ったでしょう。ここは今日アイスが特売なので選んだんです。早く出ないと閉まっちゃいますよ!」
「待ってよ。鍵かけないと」
車から出るのにもたつく足立さんから鍵を奪い取って俺がかける。ピッとボタンで鍵がかけられるものに替えてから随分と楽になったと思う。手首を掴んでドラッグストアの自動ドアへ駆け込めば、足立さんからわあとかぎゃあとか声が漏れた。

蛍の光が流れる店内に入ると店員が俺達を一瞥し、いらっしゃいませ。と一言口にする。なんでこんな時間に。そんな迷惑そうな表情が垣間見える。
入口すぐのティッシュボックスを二つ持った足立さんが俺の買い物カゴに入れる。258円。近場のより10円高い。それから店内右手の冷蔵のコーナーに向かう。閉店間際だが、アイスは充分にあった。ハーゲンダッツから箱物のアイスまで。値段を見て思わず声が出る。
「あっ」
「何?」
「今日はアイスの安い日じゃなかったみたいで……安いの、そういえば昨日だ」
おかしいなと思ったのだ。アイスの特売の日はこんな時間に沢山陳列されているのはおかしいし、アイスのコーナーに張り紙がなかったのも。
「じゃあ、急いだ意味は?」
「……ない、わけでもないです。ティッシュは買えました」
じとり、と俺を見る視線が痛い。本当に今日はツイていないのかも。何度見てもハーゲンダッツの298円は変わらない。
「ああ、もう! 好きなアイス買ってください!」
「ハーゲンダッツは?」
「……特別ですよ」
「お酒とおつまみもいいよね」
「……まぁ、いいことにします」
許可を出すとやった。と足立さんは声を上げた。ラムレーズンのハーゲンダッツを入れて俺に買い物カゴを預けてお酒のコーナーへ軽い足取りで歩いて行った。俺も抹茶のハーゲンダッツとアイスの実と雪見だいふくをカゴに入れて追いかける。
「早く家に帰らないとね。ああ、でもお酒は冷やさないと」
「今日はアイスだけにしましょう。スピード出しすぎて捕まらないで下さいよ?」
「それで寂しくなるのは君だろ?」
「そうですね。大切なアシが無くなってしまう」
「明日の映画もナシになるね」
「残念です。面会で感想をお伝えしましょうか」
「ま、スピード違反じゃ罰金程度だけど」
そう言いながらサラミやらチータラやら、贅沢とか金のとか書かれたおつまみが買い物カゴにバラバラと。
「あっ、足立さん高いのばっかり入れて……!」
注意してやると「いいじゃん」とにこにこと笑いかけてくる。「しょうがないですね」と許してしまう俺は足立さんにとことん弱いのだ。足立さんが確信犯だとしても、俺は何度でも許してしまうのだと思う。
ああ、また今月の食費見直さないといけなくなる。
「……もういいですか?」
「あとこれ、ね」
また足立さんが笑う。にこにこじゃなくにやにやと。買い物カゴに入れられたその箱には見覚えがあった。あったというか、昨日の夜見たばっかりのものというか! 鮮明に思い出される昨日の情事のこと。何処かにふらっと行ったと思ったら……本当、もう、この人は!



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