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__ これからのこと(足主)

稲羽から離れた場所に居ながらここ最近はどこでも天気が優れない日が続いている。それに比例して霧もじんわりと広がっていて、この海は足立さんと行った七里海岸に似ているようにも思えた。もう5年前のことだ。
あれから5年、足立さんとは関係が続いている。より深くなったと言ってもいいのかもしれない。蟻地獄とか足を滑らせて深みに落ちている。と云うよりは自分の足で階段を下りるように自らの意思で関係を深くしている。今も。
俺の就職先が決まって、それから職場の近くに引っ越すと決めた時に足立さんと住むこととなった。今日はマンションの下見に来た帰り。今までは俺が足立さんの家に通うという形だったのがこれから同棲という形になる。また階段を一つ下りる第一歩だ。

しゃりしゃりと音を立てて浜辺を歩く。
天気はいつもの様に曇り。晴れは最近めっきり減った。野菜が高くなるから嫌だなと思う。
目の前にはどんよりとした雲と濃い灰をして飛沫をあげる海がある。呼吸をする度に肺に潮のにおいがこびり付いてしまうんじゃないかと錯覚させられ、靴の底に砂が入り込んでいるような感覚が不快だ。

「あの時はまだ清い関係だったね。そのくせ、ここで心中でもしちゃう?とか言ったっけ。11月だったか。あの時の君は死人みたいだった」
そう言いながら足立さんは足を止めてその場にしゃがみこむ。俺もそれに倣った。しゃがむと潮の匂いが強くツンとした。天気が良かったらもっと海は綺麗だっただろう。そんな事を言って都合良く晴れることは無いけど、見ているだけで空気が重々しくなる。あの日もこんな天気だった。天気が悪いとそういう心中とか物騒な気が働くのかもしれない。
「今は清くないって言うんですか」
「そうでしょ。今じゃ僕らだけの秘密がたっくさん。僕らがこうなるのは運命だったかな」
視線を下に遣り、足立さんは砂に埋まりかけている貝殻をつついていた。昨日は確か雨だ。そのせいで砂浜は幾らか湿り気を帯びていて、埋まった貝殻を弄る足立さんの短く切られた爪に砂が入り込んでいる。
「……いや、あれは俺が確かに選んだものですよ。あの日、俺は答えなかったけれど海水を飲み込んだ途端陸に戻り始めそうだと思っていました。今もそう思います。心中なんてくだらない」
言っているだけで舌がぴりぴりと塩辛いような気がして、眉間が自然と寄った。「僕も塩辛いのは嫌い」と言った足立さんも少し眉を潜めて笑う。同じ事を考えていたのかもしれない。それとも、俺が言ったからか。そんなことはどちらでもいいけど、賛同してくれるのは嬉しい。
「じゃあ、今日は甘いものを食べに行きましょう」
「男二人でパンケーキとか?」
「この前テレビでやっていたやつはどうです?」
「うぇ、あの生クリームたっぷりの? 僕にはきついよ」
「そうしたら食べてあげますから。さ、帰りましょう」
立ち上がって肩をぽんぽんと叩く。手をはたきながら立ち上がる足立さんはこちらを向いた。
「……ここにするの、マンション」
「はい。値段もそれなりですし」
足立さんの問いかけに頷くと関心なさげなふぅん。という声を漏らす。それから「やめたら?」という言葉。
「だって、海の近くって車のフロントガラスに塩つくじゃん。洗濯物も塩っぽくなるのやだし。あと、今少し居ただけで体中べたついてる」
「……そうですね。じゃあその前の」
「ペット可のやつ? 僕らにペットは合わないよ。最初に見たベランダが広めのとこがいい。前から言ってた家庭菜園、できるんじゃない?」
俺の顔を見て足立さんがはは、と悪戯っぽく笑う。対して俺の顔はきっと情けないぽかんとした顔をしているだろう。前にプランターを買って何か育てたいと冗談半分に話していたことも、俺がペットを飼ってみたいと言ったのもちゃんと覚えている。そんな顔だ。マンションを見ている時、ほとんどぼうっとしていたのに実際はよく聞いていたらしい。
「あそこは立地が良くて少し高いじゃないですか」
「何年だかわからないけど長く住むことになるんだから妥協なんてするもんじゃないよ。無理そうなら僕が多めに払う。それでどう? 僕は構わない」
「……それなら」
「よしよし。じゃあ、帰ってパンケーキ食べに行こ」
そうして俺の手の甲を自分の手の甲でこつり、と軽くぶつけてくる。指先を絡ませると足立さんの手に付いていた湿り気を帯びた砂が混じって少しじゃりじゃりとした感覚がした。
暮らし始めたらプランターで何を育てようか。二十日大根に小松菜。夏までにプチトマトとナスが育ててみたい。枝豆を育てたら足立さんは喜ぶだろうか。それからお互い好きな本を仕舞えるような本棚があるといい。ああ、ソファーも。そこで一緒に映画を観たり食事をしたりするのだ。
足立さんと知り合って、こんな関係になって5……いや、受験の間を抜かせば4年になる。何年経ってもしたい事が尽きないのはいいことなんだと思う。根拠とかそういうのは無いけれど。勝手に。

「仲がいいのね」とすれ違いになった老婦人が笑う。兄弟かと思ったのだろうか。この世界で俺達が共犯の関係で恋人と知る人は俺達だけだ。じわり、と胸に広がる甘さは独占欲か。言葉にして決め付けてしまうには惜しい気がした。




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