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__ そうしてぼくらは終末に、(足主)


時刻は10時過ぎ。
テーブルには俺が入れた温かい緑茶が二つ。その先のテレビは電源が入っていて、洋画が流れている。金曜ロードショー。つまり明日は土曜日なのかと思ったことはそれだけだ。見たかったわけじゃない。隣にいる足立さんがつけた。途中からだから何がなんだかよくわからないし、足立さんは何も言わずに見ている。女の人が拳銃を手に持ち、何やら頑張っている。というくらいにしか俺には見受けられなかった。
それよりも、足立さんと同じソファに座り肩を並べ、それをぼんやりと眺めていることが問題だった。普通なら、こんな事にはならないはずだ。多分、そう。
俺と足立さんの関係は俺から見れば叔父さんの部下で、足立さんから見れば上司の甥っ子。
それ以上でもそれ以下でもない。
いや、俺はそれ以上を思っているのだけど、足立さんは知らないだろうから。それ以上でもそれ以下でもない関係である。
じゃあ、なんで。というのはよくわからない。
今日菜々子と叔父さんの見舞いに俺が行けなかったから着替えを持ってきてくれたことに始まって、寒かったからお茶でもと家に入れたのだ。そうして、お湯を沸かしてカップを両手に持っていって、「ここに座りなよ」と座っていたソファに戸惑いながらも足立さんのすぐ真横に腰を下ろしたところで今に至る。
それからは足立さんは何もしてこなかった。足立さんは知っているんだろうか、俺が好意を寄せていることを。どきどきしていることを。どうしたらいいのかよくわからない。わからないことだらけだ。

「……手、触ってもいいですか」
「うん」
緊張しているような歯切れの悪いぼそぼそとした声が出た。何でこんなこと言ったんだろう。と言葉にしてから思う。異様な空気から抜け出したかったからふざけたことを言っていつものへらっとした顔をして「なにそれ?」ととぼけてくれたらいいと思った。なんていうのは後付けだ。そんな顔してくれなかったけれど、少しだけ期待はしていた。好意を寄せているのは間違いだと思っているからだ。「気持ち悪い」と一言切ってくれたらどれだけ気がましになっただろうか。いや、そんな事言われたら立ち直れなかったかもしれない。
……どちらにせよ、許可が下りたからには触れなければなるまい。

視線を落として、足立さんの太腿に乗せた右手に触れる。足立さんの方が手のひらは少し小さいけれど、指の長さは俺より長いように見えた。そろりと足立さんの指と指の間に自分の指を通して、それから、握ってみる。触れていいかと聞いたのに握るなと怒られるんじゃないかと思ったけれど何も言われなかった。足立さんの視線はテレビにある。されていることに無関心なのかもしれなかった。
「足立さんはあたたかいですね」
そう一言声が漏れた。足立さんは本当にあたたかかった。久しぶりに人に触れたような気がするようなそうでないような。
「そう、僕はさむいよ」
こっちを見ないまま足立さんは言葉を返した。俺はそうではないけど、足立さんは寒いらしい。
「なら、ストーブつけますよ」
立ちあがり、繋がれた手を解こうとする、と手を握られた。手の甲に足立さんの指が触れる。これじゃあ、恋人繋ぎみたいだ。ああ、いやいや、そんなんじゃ、ない。けど。
「離したら君がテレビを見れないだろ」
「ちゃんと見てないのでいいです」
「じゃあ、君が離れると僕がもっと寒くなるから離れないでって言った方がいいの?」
そう言って足立さんは俺を見て笑う。混乱して振りほどこうとするともっと握り締められた。見かけによらず足立さんの握る力は強い。
諦めて座ると「いい子」と囁かれる。一体何なんだ。足立さんはどうかしてしまったんじゃないか? なんて。
自分の横にあったブランケットを渡しながら足立さんの目を盗み見て、前を向く。このブランケットはよくここで叔父さんが酔って眠ってしまった時に使っていたものだ。
足立さんの目はシャドウみたいな金色ではなかった。そのことに安堵しながらも足立さんが正気であることに益々訳が分からなくなる。心臓が破裂しそうだ。繋いだ手がじっとりと汗をかいていて不快だ。(離したくはないけど)
そんなことを考えて止まないのに足立さんは平気そうな顔をしている。そしてまた変なことを言ってくる。
「僕だけ使うのは申し訳ないから、半分こにしようよ」
「それは……! まぁ、別に……いいですけど」
ブランケットは一人では充分であるけれど、二人では大きさが心許ない。はみ出ないように、そう意識すると自然と寄り添う形になる。足立さんもそうして肩が触れた。
「恥ずかしいこと言うから冗談だと思って聞き流して」
足立さんはまた繋いだ手をまた強く握って言った。
「……」
「君が好き。だから、どこまでいけるかなって試してみてたの」
「…………あの! 俺も、す…」
「だからさ、じょーだんって言ったでしょ」
そう言ってテーブルの上のお茶を一気に飲み干した。それからするりと俺と結んだ手を解く。顔色は伺えない。その手で俺の髪を緩く撫でた。
「お茶冷めてきてるから君も早く飲みな。あとこれあげる」
「あめ?」
「なんかどこかで貰ったやつ。あ、最近だからそんなにべたついてないと思うよ。これで元気だしてさ」
足立さんが早口で捲し立てて立ち上がる。さっき好きだと言った雰囲気なんて微塵も無い。帰るとは口にしなかったがそんな雰囲気が一気になだれ込む。
「じゃね、おやすみ」
「……おやすみなさい」
動かず、玄関が閉まるのを目線で追う。テレビに視線を戻せば、熱烈なキスシーン。俺は、足立さんとこんな風になることを望んだんだろうか。別に嫌という気持ちはない。
好意はあった。確かに。
でも、思ったのはついこの間だ。酷い顔だ。ちゃんと休んだ方がいいんじゃないの。そんなような言葉を言われた時、なんというか、いいなと思った。仲間は大丈夫。と言うとそれ以上は踏み込んでこなかったから、嬉しかった。好きなのかと言われると、そうかも。と曖昧になる。
息を吐いて目を閉じる。テレビの音と共にカチカチと時計の音が際立って聞こえてきて、ただひたすらに静かだった。一人であることを認識してしまう。喪失感? 数十分のことなのに色々あって、よくわからない気持ちだ。ただ、足立さんと触れていた部分がゆっくりと冷えた。泊まっていって欲しい。そう言えばよかっただろうか。

玄関の開く音がした。そういえば、鍵をかけ忘れていたと今更気づく。目線を送るとふわふわとした黒髪と、曲がった赤いネクタイと、
「ごめん。やっぱり今日泊まってもいい?」
「どうかしたんですか」
「雨降って来ちゃってさ、土砂降りで困っちゃうね」
そんな音はしなかったし、スーツや髪が濡れているようには見えなかった。指摘しようとして口を閉ざす。足立さんは泣いていた。
「上手い嘘が思いつかないだけ。大人が両思いで泣くとか馬鹿だろ、男同士だし。みっともない」
「じゃあなんで戻ってきたんですか」
「君が本当に冗談って捉えちゃったらどうしようって不安になった」
「戻ってきてくれて嬉しいですよ。ひとりだと寒くて凍え死んじゃいそうだったので」
「生憎、僕もそうらしい。というか、涙拭いたら?」
「足立さんも拭いたらいかがですか」
「そうするよ」
ティッシュはテーブルの下だ。それを何枚か取って足立さんのそばに寄る。その間に足立さんは顔を拭ったらしく睫毛だけが濡れていた。目の周りがほんのりと赤い。きっと俺もそうだ。
「……足立さん」
「なあに?」
こっちを向いた足立さんの頬にキスをしてみる。思っていたより簡単で、悪くない。
「ちゃんと言ってなかったので。好きです、あなたが」



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