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__ 雪のような人(足主)



テレビの中に足立さんと逃げてしばらくが経った。
いや、逃げた。というのは違う。
既に手遅れだったのだ。俺の判断ミスで真相まで辿り着けなかった。気が付けば、あとはこの世界が終わるまで待つことしかできない。そんな世界になってしまった。
世界が終わる、というのは足立さんの言葉だ。大災害とか、宇宙からの侵略者がやってくるとかそういう事ではない。何もかもが霧に包まれて人がシャドウになって煩わしい事とか、見たくないものを気にしないで生きることのできる世界に変わるというのを終わると称しているだけだ。
実際、終わりと大差ないと俺も思う。
霧は日に日に濃くなっている。あれから外には出ていないから何とも言えないけれど、きっとそんな気がする。この先霧は二度と晴れないし、町も人も蝕んで死ぬのだ。
俺も、足立さんも。
世界が終わるなら、一番大切な人と過ごしたいというのは誰しも思う事なんじゃないだろうか。よく見るだろう、家族とか愛する人とかとみたいな映画。だから、俺もそうすることにした。その相手が真犯人であっても大切な人だから。


「ちょっと、それ最後の1個じゃない?」
「そうでしたっけ?」

俺の部屋にあったものとそっくりなソファーに座って最後の一口になったプリンを容器から掬って口に放り込む。足立さんは最低だと俺のことを非難して近くのものに当たる。瓦礫の影にいた真っ黒なシャドウがきゅうきゅうと鳴いて火の粉を散らしたように逃げていった。可哀想な事に、彼らはこの崩壊した稲羽を作り出した主には逆らえない。
初めはその鬱憤を俺にぶつけようと襲い掛かって来る事もあったけれど、俺がペルソナで追い払ってからというものシャドウ達は落ち着いた。落ち着いたというか、怯えるようになったというか。その点は申し訳なかったと思う。
ああ、でも最近はヨリを戻しかけていて(これは変な言い方かもしれない)さわらせてくれるようにはなった。もちもちとした手触りが癖になってついついさわりすぎて怒られることもしばしばある。振り返ればついのこの間まで戦っていたのだけれど、そう思えない仲の良さになってしまった。シャドウも身近になってしまえば案外可愛い。

まぁ、それは置いておいて。
たかがプリン一個で大袈裟な人の話に戻ろう。
全く、俺には子供だ子供だって馬鹿にするくせに子供は一体どっちなのだろうか。
……いや、本当に最後のプリンではあるんだけど。俺の大好物だってこの人は知っているし、食べかけを貰うような人ではない。もしここで、謝ってスプーンにのった一口分のプリンを差し出そうものならば、関節キスがどうのそれじゃあ満足出来ないなどと言うだろう。
そっちだって前に最後の一つだったカップアイスを食べてしまったし、もうこれでおあいこということにすればいい。
兎にも角にも、結局のところなんだかんだと何かにつけて文句を言いたいだけなのだ。足立透という男は。

「……ねぇ、」
「もう、なんですか……」

この通り。拗ねたくせにけろっとすぐに話しかけてくる。しかも、俺が座っていたソファーの隣に座って寄り掛かって。気まずいという感情はこの男のどこに存在しているのだろうか。いや、無いのかもしれない。解体したら出てくるものだろうか、なんて少しだけグロテスクなことも考えているとそのまま膝を枕にしてきた。体勢をぐるりと90度変えて俺と目を合わせる。

「……次もまた僕と付き合ってくれたりする?」
「次なんて、あるんですか、んむ!」

変な声が出た。鼻を鳴らして目を細める足立さんは俺の鼻を摘んで笑っていた。耳が赤い。多分照れ隠しなんだろう。やめてください。という自分の声が曇った音で俺の耳に届く。仕返しに摘んでやると嫌な顔をしてすぐに摘まれた手は離された。それから俺もすぐに手を離した。

「もっと君は夢を持った方がいい。想像力って言うの? 菜々子ちゃんが生きてて、霧なんか出なくて、君が仲間に見送られる世界とか想像してご覧よ」

そう言われて事件も何も無い平和な八十稲羽を想像してみる。想像は案外簡単で、菜々子と雪だるまを作る約束、スキーの約束をしていたことも思い出した。事件がなかったら、足立さんと花火を見ることが出来ただろうか。身体の奥底が熱くなって少しだけ歯を食いしばる。気を紛らわせる為に足立さんの髪に触れる。鳥の巣みたいだと思っていた髪は案外手触りが良かった。この人は髪が短いから髪の毛が跳ねてしまうのかもしれない。と思いながら同意の言葉を口にする。声は小さめだった。

「……貴方も、見送りにはちゃんと来てくれますよね」
「ええ? やだよそんなの。踏み切りで君のことからかうんだから」
「からかう? どうやって?」
「教えないよ、その方が楽しいでしょ」
「足立さん結構ポジティブなんですね。世界が終わるのになんだか楽しそうだ」
「えぇ? 僕ってどんなイメージで見られてたの?」

足立さんは怪訝な顔をする。答える言葉によっては怒らせてしまいそうだ、と感覚的に思う。
自然に髪を触っていた手も引っ込めてしまうと気持ちいいから続けてと手を元に戻される。やっぱり子供みたいだ。

「そうですね……、俺は貴方のこと雪みたいな人だと思っています」
「へー、それだけ聞くとなんかカッコよさげだね。意味は?」
「それは世界が終わるまでの課題にしましょう。そろそろ、ご飯の時間ですよ」
「……なんだよそれ。あ、この前作ってくれたやつがいいな。じゃがいものスープ」
「ヴィシソワーズですよ」

なんでもいいよ、そんなの。と足立さんは起き上がって伸びをする。俺が触っていたせいで余計に髪の毛が跳ねてしまっているけど、気にしているふうではなかった。
俺もソファーから立ち上がる。少し膝が痛かったけれど、なるべく顔には出さないように心掛けて伸びをひとつ。

「材料無かったらいつものように……っていうか、手伝っても?」

いつものように。それはシャドウ達に食材を持ってきてもらうということだ。足立さんが外に出る事に対して億劫になってしまっていることから始まった。どこから持ってきているのかはなんとなく察しが付くことで泥棒と大差ない行いに初めは抵抗があったが、それも次第に薄れるようになった。俺も外に出ることが恐ろしくなったから。
シャドウがジュネスの食品コーナーで野菜を抱えて逃げるのを花村とかが追いかけてきたりしたら面白いかなとか考えてみたりもするけど現実にはそんなことはここに来て一度も無い。りせではないから反応を探ることは出来ないけれど、シャドウが騒いだり、足立さんが何か言うことも無かった。
もしかするととっくにみんな稲羽から逃げたのかもしれない。そうだといいなとは、思う。逃げたって無駄なんだけど、気持ちとして。

「珍しいですね。手伝ってもイメージの意味は教えてあげませんけどね。じゃがいもの皮を剥くのを頼んでも大丈夫ですか?」
「いいよ、別に。君は頑固だから教えてくれないだろうし。それくらいなら多分できるから安心してよ、手先は器用だからさ」

珍しい。本当にそうだ。
いつもならこんなこと言わないし、やらない。退屈凌ぎの気紛れなんだろうけど。こんなことは初めてだった。
ある程度簡単そうな事を頼むと足立さん腕まくりをして少し離れた台所へ向かう。これもどこかで見たことのある作りの台所だ。足立さんが作り出した場所だからなのかもしれない。少し足立さんが遠くなってからシャドウを呼ぶ。ヴィシソワーズは洋風だからワインとかがあると嬉しいかもしれない。そう思ってシャドウにワインと俺の為のジンジャーエール、それとなくなってしまったプリンを持ってくるようにと頼んでおいた。


器用というのは口だけじゃなかったらしい。手際良くじゃがいもを剥く足立さんに驚いた。多分俺より早いんじゃないだろうか。家でキャベツを剥がして食べてるとかカップラーメンとか言うから意外だった。次も手伝ってもらおうと心に決める。(次があるのかは知らないけど)

「……あ、答え忘れてました。足立さん」
「なあに」
こちらは向かない。するするとじゃがいもの皮がシンクに落ちる。
「俺も次があるなら貴方と付き合いたいです」

言ってからやっぱり言わなきゃ良かった。と頭に過ぎったが、俺の言葉に手が滑って指から血が出た足立さんの為にペルソナを呼ぶ事になってそれは有耶無耶になった。お互い顔を赤らめながら作ったヴィシソワーズとレモンチキンは今までで一番美味しい出来な気がした。


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