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__ オブラートに包んでください!(足主)

ぐずぐずとやさしいひと続き


彼の住む四軒茶屋の喫茶店に着いたのは予定よりかなり遅れた時間だった。渋谷から四軒茶屋まではかなり近いというのに申し訳ない。
木造のドアにはclosedと書かれた看板が下がっていて閉店していた。けれど、窓からはほんのりと光が漏れている。人はいるんだろう。

「やってないじゃん」
「見ればわかるってば。珈琲を飲みに来たんじゃないんだからいいの」
ドアノブに手をかけ、押す。
鍵はかかっていなかった。
チリチリと鈴の音が心地よく鳴る。その音に反応したのかばたばたと少年が駆けてきた。店員だろうか。
「あ、すみません。もう閉店で……」
僕みたいに髪が所々跳ねた眼鏡の店員は困った様な焦りの声を出す。
「えっと、今日来るって言ってたんだけど……」
「ああ、なるほど。どうぞ、お好きなところに。なる……じゃなくて、店長呼んできます」
そう言って奥に引っ込んだ少年を見送って適当な所に座る。彼女もテーブルを挟んで座った。
内装は思っていたより広く、木造のテーブルだとかぬくもり?を感じるようなものだ。照明も暖かみのある色でありながら清潔感に溢れている。
なんて、きょろきょろとしていると、彼が現れた。5年前とほとんど変わらない姿で、僕に照れた様に笑いかけてくる。
「お久しぶりです……その子は?」
「久しぶり。この子は家出少女」
「酷い言い方しないでよ。ハルカって言います。センセイの友達です」
彼はセンセイ?と首を傾げたが、すぐに自己紹介を始めた。
彼の適応力は素晴らしい。
まぁ、ペルソナとかテレビに入ったりとか経験してるからかも。
「俺は鳴上悠です。この喫茶店の店長をやってます。よろしく」
彼はにっこりと笑って手を差し出す。彼女は目を見開いてなんだか頬が赤い。差し出した手が震えて、繋がれた瞬間より頬が赤くなって。
あー、これはまた一人彼に落ちたか。なんて思う。
「えへへ、かっこいい人と握手しちゃった!」
「お気に召したようで光栄です。コーヒーですか、それとも紅茶?」
「ユウさんのオススメで!」
「じゃあ、ブレンドコーヒーかな。少し座って待っててね」
優しい声で彼女に声を掛けて視線を僕に移す。彼女といえばぽっと頬を赤くして今にも溶けそうだ。
なんだか、彼が天然ジゴロだと言われる由縁を見てしまった気がする。
「足立さんはちょっとこっちに」
そう言った声は彼女に話し掛けていた声色とはちょっと違った。


「……あの子は?」
カウンターに連れてこられて彼が手際よくコーヒーを作りながらに質問する。
「知らないよ……渋谷からずっとついてきて離れてくれなくって。家のことも何も教えてくれないし……ってなんで笑ってるの」
僕が真剣に説明してるのに彼は笑っていた。何が面白かったんだか、肩を震わせ目が細くなって口角が上がっている。カップを持つ手が震えて不安だ。火傷したらどうするのさ。
「いえ、あなたって本当に優しい人だなって」
優しい?そんな訳ないだろ。
「はぁ?別に?君こそさっきのキザすぎでしょ」
「足立さんは口ではそう言うけど、放っておけないタイプでしょう?女の子は皆お姫様ですからあれくらい当然ですよ。なんです、妬けたんですか?」
「鳥肌が立つからやめてよ。ほら。これ、要冷蔵だから仕舞っておいて」
片手に持っていたケーキを彼に突き出すと驚いた顔をされる。心外だ。
「ケーキなんて、珍しい」
「あの子が食べたいっていうから」
「ほら、優しいじゃないですか。何人だか分からないからホールで買ってくれたんですね」
「バーカ、そんなんじゃないし」
あまりに優しい優しいと言われて返す言葉もなくそんな言葉が出る。敗北じゃない……多分。
「分かりましたって。足立さんも席に戻って待ってて下さい」
なんて言われて彼女の元に戻る。
戻る途中ですごすご戻るなんて負けたっぽいじゃないか!と思った。何に、というのはよく分からないけど。


席に着くと、彼女はまだ頬が赤かった。両手を両頬にくっ付けたりして、恋する乙女みたいだ。
「ねぇねぇ、センセイ。ユウさんかっこいいね。センセイは恋のキューピッドだったんだ」
「はぁ?」
「だって、あんな素敵な人見たことないもん。好きになっちゃいそう!」
「ダメだよ、あれは僕のだから」
そんな彼女の言葉に強く言葉が出た。ぴりり、と空気が冷たくなった気がする。
「なんで?」
「彼と付き合ってるから」
5年ぶりに会ったからそっちがどう思ってるか知らないけど。
「証拠は?」
「……ない、けど」
「じゃあ、勝手に言ってるだけなんだ。あたしが先に貰っちゃうから!」
「……っ!おい!」
ぱたぱたと彼に走っていく彼女を手で止めようとして空を切る。子供ってなんでこんなに足が早いんだ!
しかもなんでこんな子に嫉妬してるんだろう。でも、彼が取られる、そう思うとふつふつと何かが沸く。
彼を、悠くんを渡す訳には。

「どうかした?」
「あのね、あたし」
そんなやりとりをする彼と彼女の間に立つと不思議そうに彼は首をかしげた。
「悠くん……!」
そう叫んだのはいいけど……僕のって証明するにはどうしたらいいんだろう。
あ、でも、何か、言わないと。

「……ぼ、僕と……結婚して下さい!」

反響、そして静寂。
それから、目の前の彼が膝から崩れ落ちると共にバリン、と皿を取り落とす音。見れば、さっきの店員が呆然と立ち尽くしていた。僕らのために、とお菓子を持ってきてくれたらしい袋に包まれたチョコレートがばらばら飛び散る。隣の彼女も同様、手で口を覆ってわぁ……なんて言葉を漏らして。
いや、大体君のせいなんだけどね?

「えっと、悠くん……?」
とりあえず、一番重傷そうな膝から崩れ落ちた彼から声を掛ける。重傷にしたのは僕だけど。
ゆっくり顔を上げた彼は泣いていた。
「ごめんなさい。嬉しくって……夢みたいだ」
「……うん」
「5年待ってました。長かったはずなのに今のお陰であっという間な気がします」
「うん」
「でも、時間と場所は選んで欲しかったかな」
目元を擦って涙を拭いた彼は皿を割った少年の元へ向かう。きっと怪我の有無とかだろう。彼は優しい。
「センセイ顔真っ赤だよ」
「あ、当たり前だろ……!僕はこんなこと言うつもりじゃなかったんだ!」
「でも、ユウさんも耳まで赤かったよ。きっと嬉しかったんだ」
泣いてたし。と彼女は付け足すように僕に笑いかける。数分にして失恋に至った彼女は今どういう気持ちなんだろう。なんて一瞬心配したけれど無用だったらしい。
彼の方を見ると少年に問い質されてまた顔を赤くしていた。首を横に振ったり顔を覆ったり忙しない。
「センセイ良かったね。末永くお幸せに?」
「……うん」
「お似合いだと思うよ、ユウさん素敵な人だもん」
「……そんなこと知ってる」
「あとね、センセイに言ってなかったけど私のうちすぐ近くだからまた会いに来るね」
「……うん?」
いや、ちょっと待って。
「それで、いつ挙式しよっか」
「それは気が早すぎないかな」



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