「廻ったの……ほほ」 ふ、蝋燭が1本消される。空間から1つ灯りが消え、暗闇がじとりと肌に張り付いた。障子の隙間から差し込む月明かりに、夜風が運ばれてくる。深い皺が刻まれたその貌の影を深くし、老婆は虚無的な笑みを浮かべた。 あの男は、おそらく殺されたのだろう。 未だ視界に何十と並ぶ蝋燭を眺め、私は目を伏せる。百ある内のほんのひとつだ。同情はなかった。自業自得だとそうである。因果応報。怨みを買ってしまった人間に、現実が優しくあることはめったにない。しかしこれで紅葉の業は一回りしてしまった。彼女はまだ足りないのだろうか。繰り返すのだろうか。 す、と静かな音を立てて背後の襖が開く。クスクスと笑い声を上げながら、小さな少年が隣へとやってきた。 「どっち?」 「童子、お客様の前では静かになさい」 「ねえ、どっちが『紅葉』なのさ」 「……呉乃だよ」 「へえ、あの男が刺し殺されたのに紅葉じゃないんだ」 ニヤニヤと笑う童子の額を、戒めるように小突いた。いて、と小さな声を上げる姿を横目に、私は部屋を出るべく踵を返す。 障子を開け、そこから臨める箱庭の景色に首を傾げた。 「もう一巡りいたしますか」 「まさか」 箱庭の中心に、白地に紅葉の柄の着物を着た女がいた。長く伸びたぬばたまの髪は月明かりに艶やかに輝き、肌は透けるような白さを宿している。妖しく月明かりを反射する瞳は、至極楽しそうに細められた。 「願いは叶いました」 「そうですか」 「貴女が利己だとおっしゃったことも業が巡れば、あな、かなし。現実になる」 「そうですね」 「貴女はいつまでそこにいらっしゃるの?」 「!」 「青行燈、まさか百物語が完成させられるとでも? 今回は私の話が完結して1つ蝋燭を消すことができたけれど、巡ることはほとんどないでしょう?」 「……」 「貴女はいつまで此処にいるの?」 「それが私の業です」 「そう」 女は詰まらなそうに息を吹いた。こちらに背を向け月を仰ぐ。その姿から視線をそらすと、足元に一枚の紅葉が舞い降りてきた。それを拾い上げ、今一度箱庭を見る頃には女の姿がなかった。 この箱庭に、楓の樹もない。 20120224 |