「紅葉は都へ行く資金のため、近隣の村を山賊と共に襲い始めました」 水無瀬には、鬼女がいる。 噂は瞬く間に都に伝わった。 女は淡々と言葉を紡いでいく。御伽噺を聞かせるには向かない、抑揚に欠けた声音だ。だというのに、何故か俺は聞き入っていた。まるで自分自身の悪事を暴かれるような、そんな不安さえ抱いた。女は最初と全く顔色が変わらない。俺は固唾を飲んだ。 「ここに平維茂が鬼女討伐を命じられました。しかし紅葉の妖術を前に、彼と彼率いる陣はことごとく退かされてしまう」 平維茂。 源経基。 経若丸。 呉葉。 紅葉。 鬼女、紅葉。 「しかしある日、維茂の夢枕に僧が現れ、降魔の剣を授けました。それで紅葉を討つよう、告げるのです」 そして、維茂はそれにより紅葉を追い詰めるのです。 ただ、倖せになりたい。 それだけのために動き、荒み、歪んでしまった彼女に終止符を打つため。 【紅葉狩/肆】 倖せになりたかった。 父の大きな背に抱かれ、母の白魚の手に撫でられ、幼い頃に見た景色が思い出される。 倖せになりたかった。 我が子を見て、そう思う。 倖せになりたかった。 そのための手段だ。 仕方なかったのだ。 こうでもしなければ、私は家族を倖せにできない。 「だというのに、貴方は私の邪魔をなさるのか」 カサリと枯れ葉を踏む音が響く。視界を真っ赤な紅葉の帳が覆っていた。そこから剥がれ落ちるように、赤い葉は舞っている。まるで血にまみれた罪人の手のひらだ。縋るように、肩に、髪に、腕に、頬に。それらは触れる。試しに一片取ろうと手を動かすが、どうにも、左腕の感覚がない。 「一体、骸を幾つ、積み重ねるつもりか」 「知りませぬ」 「……」 「邪魔をする方が悪い。私はただ」 会いに行くのです。 父に。母に。 そして我が子に幸せな暮らしをさせてやるのです。 「だったら何故、あのようなことをした」 「守らねばならぬ」 私は強い子。賢い子。 母は唄うように言った。 父は詠うように言った。 だから私に与えられたものは私の手で守る。 これは他人の意志ではない。 私の意志なのだ。 例え今行っていることが罪悪だろうと非道であろうと、私は知らぬ。 私は私の幸せの為にやっている。 幸せになりたいと願って何が悪い。 「やりすぎだ」 「知りませぬ」 何故、誰も彼も邪魔をする。幸せはすぐに手に入りそうなのに。いつも誰かが邪魔をする。奪ってゆく。ならば、私が奪って何が悪い。 私が私の手で掴み取る為には、奪う必要があったというだけなのに。 兵どもが刀を携え我が身を追う。向かい撃てば更に追ってくる。その果てには奇妙な劔をもって、我が身を斬ろうというのだ。 私はただ、幸せになりたい。 「そうか」 赤い空間に私と佇む男は劔を持っている。私の左腕を切り落とした劔だ。それが大きく半円を描いて、紅葉を裂いて私を裂いた。紅葉と共に赤が舞う。 嗚呼、私は、強く、あらねば、ならぬ。 父よ。 母よ。 私を人に授けた第六天魔王よ。 我が身の末路に何を思う。 人の体を使い生まれた鬼に、何を思う。 私の最期に、あなた方は何を思う。 「―――」 真っ赤な空間から真っ白な世界に引き上げられる。 死に装束を纏う私がそこにいる。 痛みすらない死は、罪人の私にはあまりに重い罰だった。 20120211 |