AMRAK | ナノ





前口上



私に彼らを語る資格などありません。

女は決まってそう話の口火を切った。
行灯の赤い灯りは彼女の眼にゆらゆらと反射し、その色を瞳孔に植え付けて瞬いた。
青白い顔をした女は淡々と言葉を紡いでいく。
色素に乏しい女だった。部屋の中心にある行灯が消えてしまえば、簡単に夜の黒に塗りつぶされてしまう。白い着物も黒い髪も、輪郭を持たない靄を凝縮したように質量を感じさせなかった。
こちらを見据える眼が細められる。
行灯の灯りを求め、広がるその瞳孔は真っ赤な火の色に染まった。
薄い唇が僅かに開き、その間から真っ黒な歯が覗いた。
――嗚呼、ということは伴侶がいるのか。
私は何故か名前も知らぬ人間の墓碑を眺めるような、そんな空白的な虚しさを抱いた。

「人の世は、業でございます」
「意味もなく、繰り返すのです」
「あなたは前世の業のため生まれ」
「その償いをするために生を全うする」
「来世のあなたは今のあなたの償いのため生まれる」
「そうして糸を紡ぐように、縷々と『あなた』は続くのです」

女は細く息を吐き出した。
同時に、背後の襖から冷えた風が滑り込む。肌にねっとりと絡みつく冷気に、ザワリと鳥肌が立った。次いで得体の知れない怖気が背骨をなぞり、反射的に背後を振り返る。

「青、青や、お茶を持ってきたよ」

畳に膝をつき盆を抱えた老婆がいた。
暗がりの中で、老婆の瞳は妙に爛々と輝いているように見えた。
肌に刻まれた皺に、深い影が宿っている。
老婆は茶を私と女の傍らに置き、私に一礼をした。
同時に襖を隔てた向こう側から、パタパタと軽やかな足音が響く。
老婆は私を見たまま、厚い瞼に覆われた目を細め、首をゆっくりとそちらに向けた。

「童子が、珍しいお客様にはしゃいでおるのう」

この屋敷には、子供もいるのか。
私は何故か無意識に張りつめた糸をほどくように、重い息を吐いた。
老婆はそんな私の様子に、ニイ、と面のような笑みを貼り付け、驚かせてしもうたの、とカラカラと笑った。
私がそれに首を振ると、老婆は至極楽しそうに「青の話し相手は疲れるから良い気晴らしになったかえ」とこぼした。
「あお」とは、女の名前だろうか。
ささやかな疑問が思考の片隅にちらつく。
すると女がまるでこちらの頭の中を覗き見たかのような時機で「青行燈と呼ばれております」と口を開いた。
呼び名。
ならば、彼女の本当の名前は別にあるということだろう。
しかしそんな思索を巡らせる余裕はその時の私にはなかった。
老婆はひきつるような笑い声とともに部屋を出ていき、女の――青行燈の話は再開された。

行灯の灯りが心もとなく揺れている。


赦してはいけない
それは「業」の話