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悪趣味だと思う。
青ざめた月明かりが差し込む空間で眉をひそめた。月光に青白く浮かび上がるその白い肩から肘にかけて、無数の花が散りばめられている。ふつりと不快感が発露した。右肩からその肘のあたりにかけて彫られた青紫の花は、まるでこちらを嘲笑うようにふてぶてしく存在を誇示している。傍らにあるペーパーナイフにそっと指先を絡めた。肌が白いのに、青紫の花ということがまず巧くない。おもむろにその白い肌へと刃を向かわせた。
なんでも死んだ恋人の為に彫った刺青だそうだ。彼女は笑いながらそう語った。「彼は露草の花が好きだったの」だから露草の花の刺青を腕に彫ったらしい。その花はとっくの昔に見せる相手を亡くして尚枯れない。それがひどく煩わしかった。
寝息を立てる肩に触れ、ペーパーナイフで花弁を意図的に破る。溢れ出す血液が青紫の絵の中に赤い皹を入れた。彼女には赤が似合う。何故こんな不健康な色の刺青を彫ったのか。眠りこける横顔はあどけなさを宿していた。
彼女のこの顔は好きだ。この世の不条理だとか、理不尽な戦争だとか、殺伐とした現実が一瞬だけ穏やかに彩られる。背中の刺青を指先でなぞりながら、そっと息を吐いた。しかし、やはり、この刺青は彼女には似合わない。

「痛い」
「!」

ビクリと肩が跳ねる。ペーパーナイフが乾いた音と共に床に落ちた。いつの間にか開いていた彼女の目玉がこちらを映している。肩の血は既に止まっていた。
彼女は体を起こした。乱れた衣服を直し、ベッドに腰掛ける。次いでオレが落としたペーパーナイフを指先で摘みながら、こちらを見据える。光を求めて広がる瞳孔が、水鏡のように空間を反射していた。
どうせならその腕の皮を剥いでしまえれば良いのに。瞳をのぞき込みながら、寝ていろと呟いた。

「怒っているの」
「……別に」
「怒ってる」

――気に入らないのだ。死んでも彼女に存在を刻む昔の男が。まるで束縛しているようだ。その花が咲き続ける限り、彼女は自由になれない。
――いっそのこと、枯れてしまえばいいのに。
それが単に幼稚な嫉妬に基づく感情であることは理解している。だが、人間ならば、誰しも多少は納得のいかない事象に当たりたくなることもあるはずだ。オレのその対象が、彼女の刺青である。それだけの事実だった。

彼女の指からペーパーナイフを抜き取り、握り直す。苦笑する顔が愛おしいのもまた事実だと思う。
彼女の腕に存在を誇示する刺青、それをさらに塗り潰すようにデタラメな傷を彫っていく。疵痕はくすんだ色を延々とその腕に宿していた。
それはまるで、腕の花が枯れていくように。
彼女は何も言わない。だからオレは淡々とその花を傷を埋め込むことで枯れさせていく。

我ながら悪趣味だと思った。