▽5 5がつ31にち ひらがなをおぼえたから、にっきをいっぱいかく。 6がつ2にち えんそく。クレハくんとおなじはんだった。おうちもちかいし、はんもおなじ。おかあさんにいったら、よかったわねってわらった。 6がつ7にち にっちょく。オトちゃんとともだちになった。あとでおうちにあそびにいくやくそくをした。 6がつ10にち オトちゃんのおうちには、かわいいいぬがいる。あたまをなでると、ふわふわだった。 おうちにかえって、おかあさんに、いぬがほしいというと、だめだといわれた。 おかあさんは、いじわる。 7がつ20にち クレハくんといっしょにかえった。アキトくんもいっしょだった。かえりにたんぽぽをつんだ。クレハくんが、にあわないとわらった。 12がつ10にち つうがくろに氷がはった。3人でふんでわりながら学校に行った。寒かった。 2がつ17にち そろそろ1ねんせいがおわり。 クラスがえがあるって、せんせいがいった。あたらしいともだちはたのしみだけど、さびしくてふあん。 4月14日 クレハくんとオトちゃんとおなじクラス。せきがとおいけど、休みじかんはいっぱい話せる。 よかった。 ▽6 4月19日 小学生の時に書いた日記を見つけたので、6年ぶりに書く。慣れない制服を着て、中学に行くようになった。クレハくんと同じクラスだった。お互いの制服姿が似合わないと、笑いながら学校に向かった。 9月29日 体育祭が明日ある。私のクラスは、運動が得意な子が多い。私は苦手だから、ひどく憂鬱だ。練習でも足を引っ張ってばかりだ。そんなことを、帰りに一緒になったクレハくんに言ったら、「頑張って楽しめればいいんだよ」って背中を叩かれた。 9月30日 体育祭だった。私のクラスは優勝だった。帰りにクレハくんが、「お疲れ」って笑いながら背中を叩いた。私はそれが、少しだけうれしかった。 12月24日 今日はクレハくんの誕生日だったので、弟のアキトくんと選んだプレゼントを渡した。なんだかばつが悪そうな顔をしていた。迷惑だったかな。そういえば、最近全然話してない。 3月10日 気まぐれに日記をつけていると、昔書いたものを読み返してほんの少し、寂しくなる。 昔は当たり前のようにあったものが、今は、すっかりなくなってしまった。 ▽7 5月6日 高校に入ったばかりなのに、進路と勉強の話ばかりだ。考えてはみても、なりたいものも何も見つからない。自分の人生に、積極的な希望が持てない。 6月6日 友人のカエが告白されたとはにかみながら相談してきた。隣のクラスの男子らしい。友人の幸せがひどく眩しく見えた。 6月9日 カエは付き合うことに決めたそうだ。一緒に帰ることが減るが、彼女が幸せそうなら仕方ない。よかったね、と言った私の顔は心から祝福できただろうか。 7月29日 久しぶりにクレハくんを見かけた。近所で同じ高校なのに、クラスが違うと全然話せない。でも、挨拶すると返してくれた。良かった。 12月1日 漠然とした不安がある。進路も友人関係も、私はうまくこなせない。そんな気がした。 4月6日 模試の結果が良くない。担任の渋った顔が、少し辛かった。遊んでたわけじゃない。勉強してた。ただ、何をどうしたら良いのかわからない。勉強してれば、せめて次には繋げるはずだ。 7月30日 期末テストの結果が良くなかった。母さんも父さんも、進学は無理かと残念そうな顔をしていた。失望された。そう思った。 11月1日 学校にいても、家にいても、息が苦しい。私はどこにいればいいんだろう。 12月30日 出来の悪い娘でごめんなさい 2月8日 久しぶりにカエとゆっくり話をした。彼氏とはうまく言ってるらしい。進学も、このままの成績なら問題ないそうだ。幸せそうだった。彼女に私は必要のない友人なんだと思った。私なんかがいなくても、彼女は大丈夫なのだろう。そんな子供じみた嫉妬と不安があった。 幸せって、何なんだろう。 4月3日 今日は久しぶりにアキトくんと話した。クレハくんは、もう進路を決めているらしい。私は就職することにした。 誰にも期待されてない気がした。それは寂しかった。まるで、自分の足場がどんどんなくなっていくみたいだ。 9月28日 クレハくんと会った。もう、大学には合格したらしい。私は、なかなか決まらない。そう言うと、焦るなと励ましてくれた。 12月 やっと就職が決まった。隣町の診療所の受付に決まった。うまくやっていけるだろうか。 5月6日 覚えることが多い。とっさのことに対応できなくて、先輩に迷惑をかける。焦れば焦るほど、できることもできなくなる。ミスが増える。 落ち着いて、着実にこなせるよう頑張らなければ。 7月1日 辞めたい。 9月28日 私に社交性がないのかもしれない。失敗ばかりしている。迷惑をかけている。胃が痛い。気持ち悪い。仕事行きたくない。 10月16日 出勤すると、周りに鬱陶しがられているように感じてならなかった。私の席も、私のタイムカードも、全部が私のものではないような気がする。 オフィスに入るのが怖くなる。ここにいてはいけない気がする。 また、ミスをする。 10月30日 仕事先で貧血を起こして倒れた。母に迷惑をかけてしまった。私はやはりダメだ。ダメだ。 1月15日 今日で仕事を辞めた。早く次の仕事を探さないと。 3月2日 覚悟はしていたが、仕事が全然見付からない。どこで面接を受けても落とされる。親戚の目が怖い。平日外を出歩いていると、冷たい目で見らている気がする。ごめんなさい。 6月17日 久しぶりに会ったカエの紹介で、新しい仕事に就くことができた。今回は市役所の窓口業務だ。頑張りたい。 8月15日 最近、何をやってもうまくできない。家に帰っても、何もせずに寝てしまう。食事を疎かにしてるせいか、少し痩せた。母さんが心配をしている。 12月24日 街でクレハくんを見かけた。隣を歩いていた女性は、恋人だろうか。綺麗な人だった。そういえば、今日はクレハくんの誕生日だ。私にはもう、関係ないのかもしれない。 3月26日 仕事先で出会った人と、付き合うことになった。もう、いい加減彼を忘れるべきなのだ。今だから言える。ずっと彼を好きだった。未練がましい片思いだった。 5月 要領が悪いと言われた。仕事がうまくいかない。どんどん、ダメなところが目立つようになっていく。周りには迷惑をかけている。ここにいてはいけない気がした。 6月 同じミスをする。何度も何度も、間違ったところをメモして、次は失敗しないように自分に言い聞かせているのに、何故か上手くできない。同じ課の人から、呆れたと言わんばかりの視線を感じる。不甲斐無い。情けない。こんな自分が嫌でたまらない。 7月31日 体調不良で仕事を休んだ。吐き気が止まらない。 ▽8 9月20日 日付だけ見ると2ヶ月だが、実際には5年ぶりに書く。主治医からのすすめで、日記を再開した。 仕事も落ち着き、3ヶ月後には結婚式を控えている。彼は優しい人だ。こんな詰まらない女を妻にしてくれるらしい。それは、私のような人間にはあまりに幸せなことなのだろう。でも、幸せとは何なのだろう。 彼といるのは楽しい。 楽しいが、いつも不安が離れない。 私は嫌われるというリスクがある。彼に厭きられるというリスクがある。私みたいな人間に、何故彼のような優しい人が。 10月9日 つまらないことで嫉妬してる自分に気づくと、凄まじい嫌悪感に襲われる。私なんかより、もっといい人がたくさんいる。シンを見ながら、そんな卑屈な私に嫌気がさした。 11月3日 毎日がひどく味気なくて、作り物のように冷め切ってみえる。これから先、こんな単調な日々の繰り返しなのだろうか。こんなことでは駄目だ。今の私では駄目だ。そばにいてくれるシンのために。そう思うのに、何もできない。思いつかない。焦りばかりが積もっていく。ごめんなさい。 11月18日 体調不良が続き、シンの勧めで病院に行った。食道が爛れているのだそうだ。薬をもらい、しばらく様子を見ることになった。仕事も、少しの間休むことになった。 また、私はこんなことで躓いた。そんな自分が吐き気がするほど嫌いだ。 11月22日 病院から帰って、仕事を休み始めてから、1歩も外に出ていない。出たくない。出ると、周りから責めるような目で見られる気がした。ダメなやつだと、情けない人間だと。怖い。気持ち悪い。 シンはもしかしたら、親戚から、女を見る目がないだとか、あの女はやめろだとか、言われているかもしれない。 私なんか、消えてしまえばいい。 11月 久しぶりに外にでたくなった。近くのコンビニに向かった。シンがついてきてくれると言ったが、断った。ひとりになりたかった。カフェオレを2つ買った。帰りに雨が降っていた。傘を忘れた。ずぶ濡れになりながら帰路を辿る。 途中で、クレハくんを見た。 私は彼を見た。彼と、目があった気がした。 怖くなった。 こんなみっともない自分見られたくない。嫌われてしまったかもしれない。怖い。 吐き気がした。その場に倒れて吐いた。 そのあとのことは覚えていない。 病院の病室で、シンがそばにいてくれた。 11月 やめておけばいいのに、私は電話帳から彼の番号へと着信を入れた。 出ないと、わかっていたはずだった。 頭のどこかで、今まで、何度も躓いたときに励ましてくれた彼の笑顔が脳裏をよぎる。 もう、それは私のものではない。 彼は私を忘れて、誰かと幸せになっている。 もうずっと遠い昔のことを思い出して、もしかしたら、なんて、私は縋った。 縋って、切り離されていることを知った。 オトちゃんも、カエも、クレハくんも、みんな、今の私からは、無くなったものだった。 とても寂しくて、心細くて、不安だった。 11月 私は最低な人間だ。 詰まらないのに、情けないのに、なにもできないのに、誰かの一番になんかなれるはずもないのに、誰かの一番になりたく、必要とされたくて、褒められたくて、赦してほしく、受け入れてもらいたくて。 子供じみたわがままを振りかざして、勝手に自滅して、人の優しさに凭れ掛かっている。 シンは眩しくて、押しつぶされてしまいそうで、嫉妬していた。 嫉妬している自分がいやだった。 毎日自分の下劣な感情に振り回されている日々がいやだった。 彼の好意を利用している自分の身勝手さが、吐き気がするほど嫌だった。 私じゃやっぱりだめだった。 大事にしてくれたのに、大切にできない。 何もできない。 全部全部、荒らして終わりだった。 生まれて来なければ良かったかな。 どうしようもない。 気持ち悪い。 痛い。 不安で怖くて、むしゃくしゃする。 明日が来るのが怖い。 死にたい。 命に関する綺麗事なんて聞きたくない。 この世に平等なものなんてない。 頑張っても、頑張っても、私は変われない。 取り残されて、ひとり動けないでいる。 置き去りにした人たちが遠くで笑ってる。 私を忘れて笑ってる。 私はいない。 私が思うくらい、私のことを思ってほしかった。 その人たちは、もうみんな遠くに行ってしまった。 それすらただのエゴだ。わがままだ。子供じみた自己中心的な考えだ。 なんでこんな人間に生まれちゃったのかな。 どこで間違えたのかな。 何がいけなかったのかな。 もう昔みたいに戻れない。 私には何もない。 やり直したい。 どこで何を選べばよかったのかな。 どうしてこんな間違いと失敗だらけなんだろう。 もっといい子だったら、優秀な子だったら、なんでもできる子だったら。 あんなこと言わなければよかった。 着信なんか入れなければよかった。 何をしてもダメ。 昔のことを思い出すと辛くなる。 苦しくなる。 全部消したい。 私が悪い。 全部、私が悪い。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 11月 今日は、 ――日記はそこで終わっていた。 20170412修正 |